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 研究員の仕事の前線


シンポジウム「学術的および社会的挑戦としての境界研究:日本・ドイツ・ポーランド」


     2024年6月28日から29日、ポーランドのグダンスク大学にて、シンポジウム「学術的および社会的挑戦としての境界研究:日本・ドイツ・ポーランド」が開かれた。本シンポジウムは、グダンスク大学ドイツ文献学学科のミウォスワヴァ・ボジシュコフスカ=シェフチク教授が率いる境界地域の記憶のナラティヴをめぐる研究チームと、上智大学ヨーロッパ研究所の木村護郎クリストフ教授、グダンスク大学国際的境界研究センター、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター、カシュブ・インスティチュート、カシュブ民族誌博物館の共同企画による。日本、ドイツ、ポーランドから、歴史学、文学・文化、言語学、政治学を専門とする研究者17名が参加し、英語、ポーランド語、ドイツ語で発表した。


    報告するヤンチェク教授
        報告するヤンチェク教授

     境界地域とは、通常、国土や地上の地域区分など、特定の空間を分断する境界に隣接する地域をさす。しかし、本シンポジウムの関心の対象は、(たとえば、軍事的領土とその外部を分かつ線、あるいは、開拓地と未開拓地を分ける線のように)空間を地理的に分断する「単線」としての境界や、広大な版図の辺境ではなく、「政治、地理、文化、宗教、民族、歴史、言語などのさまざまな境界が織り重なる地域」である。英語圏の境界研究ではborderlandsと複数形が一般的であるのに対して、ポーランド語圏では、境界地域に内在するひとつの位相(繰り返される現象の一局面)をさして、単数形のpogranicze〔ポグラニチェ〕が用いられることもあるが、対象の複合性を意識し、時間経過に伴う変化を重視し、学際的アプローチを促す際には、積極的に複数形のpogranicza〔ポグラニチャ〕が用いられる。pograniczaは学術の理念であると同時に、観察する主体/対象間の対話や視線の交換といった実践のノウハウでもある。ドイツ語では「境界地域Grenzgebiet」と「境界空間Grenzraum」の違いが指摘された。共同企画者の木村氏は、「複数のディシプリンを内包する学際的なアプローチ」が、自分自身にとってなじみのある研究分野から一歩出ることを促すならば、同様の挑戦や胸躍る体験は、言語を跨ぎ越える行為の中にもあると述べ、「間言語的interlingualなアプローチ」という言葉で、対話がうまれる可能性を示唆していた。


     「境界」を複数形にすることによってこそ立ち上がる学際的研究領域があり、実践の学びがあるとすれば、今回それがグダンスク/カシュブ/ポモージェで行われた意義は大きい。ボジシュコフスカ氏によれば、「国籍」「人種」「文化」「言語」が一致するとは限らない当地は、「境界や様々な人々の存在、文化を跨ぐ共存と協働、他者との競合と対決によって生成されたエネルギーの累積空間」である。第二次世界大戦後、グダンスクではドイツ文化の痕跡は拭い去されることなく、むしろ都市の記憶として受け継がれ、人々の記憶に内在化されてきたという。その過程で文学が果たした役割を含め、「境界地域の記憶のナラティヴ」の研究の課題は、今後ますます広がりそうである。


     シンポジウムはカシュブ地域や博物館への見学旅行も含めて開催され、鑑賞者に境界を体感させる博物館展示の戦略的方法が話題になるなど、境界地域における多角的なアプローチの重要性が増していると感じた。

    (熊本大学 井上暁子)


     *本企画は、スラブ・ユーラシア研究センターの「プロジェクト型」共同研究(公募)「境界領域の人・場所・モノをめぐるミクロ・ヒストリーの表象と、その変遷についての研究」(令和6年度)の成果の一環である。


     


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