スラブ研究センターニュース 季刊 2006年 春号 No.105 index
松 里公孝 |
独立法人化後の大学をめぐる情勢は厳しいものがあります。相次ぐ定員削減のため、定年退職者の後任さえとれません。教員人事は凪のような状態で、私 の時代 であればとっくに常勤職に就いていたであろう有能な若者が、各種のポスト・ドクトラルな非常勤職に大挙して応募してきます。日本のスラブ・ユーラシア研究 者の特殊な世代構成を考慮すれば、このような冬の時代はあと数年は続くでしょう。その数年間に、この若者たちが研究を見限り別の職に転ずるようなことのな いように力を尽くすことが、日本のスラブ・ユーラシア研究の再生産のために最も重要な仕事ではないでしょうか。競争的経費を獲得し、大学の改革を大胆に推 進することによって、助教をはじめとする、条件のよい、任期付きの職を増やす必要があります。しかもそれが「食いつなぐため」ではなく、スペース・ITを はじめとした研究条件を整備し、国際的な研究水準を絶えず意識できるような環境を若者に提供しなければなりません。スラブ研究センターは、負け惜しみでは なく、テニュアよりも魅力的な非テニュア職をめざします。
こんにちテニュアの教員が10人しかいないスラブ研究センターの職員・研究員総数は50名を超えています。大学院教育を開始してから5年目にして、 生え抜 きの博士を出すこともできました。相対的にスリムなコア教員の周りを、若手研究者、外国人研究員、短期滞在研究員の厚い層が覆うという構造は、ハーヴァー ド大学デイヴィス・センター、ウッドロウ・ウィルソン・センター・ケナン研究所にも共通するもので、この面でもスラブ研究センターは国際化したと言えま す。しかし、そのような中、スラブ研究センターの施設は手狭となり老朽化が進んでいます。そもそも、小さな研究室に細分化された施設のあり方は、校費を基 盤にして研究者が個人的・固定的な研究をおこなっていた時代の名残であり、競争的資金を獲得して大規模なプロジェクト研究をおこなわなければならない大学 研究所の現状にはそぐいません。センターは、上述の研究者構成にふさわしい抜本的な施設の改修を中期的にめざしていきます。
今年度のスラブ研究センターの予算は、人件費を除く校費が5841万5千円なのに対し、21世紀COEプログラムが9975万円、その他の競争的経 費が 5822万5千円です(間接経費の部局取り分を含む)。つまり、スラブ研究センターの活動の73%は競争的経費で賄われているのです。このような中で、 21世紀COEが終了して次の大型科研費が当たらないなどということになったらと想像すると肌寒くなります(私はそのような恐ろしいことは考えないように しています)。しかし、当面大切なことは、21世紀COEプログラムを完遂して高い評価を得ることです。
このように、スラブ研究センターをとりまく状況は甘いものではありませんが、私個人は楽天的な見方をしております。そもそも、日本の国益や社会的需 要とい う点からははるかに注目度の高い中国研究や中東研究がある中で、多くの優秀な若者が、どうしてスラブ・ユーラシア研究に身を投じてくるのでしょう。21世 紀COEプログラムを推進する中であらためて思ったことは、多様性こそがスラブ・ユーラシア世界の魅力だということです。中国や中東世界が多様だと言って も、おそらく二、三のサブ文明圏を包摂するにすぎないでしょう。スラブ・ユーラシア世界には、先進国的状況から途上国的状況までのすべてがあります。宗教 だけでも、正教、イスラム、カトリック、プロテスタント、チベット仏教、シャーマニズムのすべてがあります。この多様性ゆえに、スラブ・ユーラシア研究 は、地域研究の中で独特の地位を占めざるをえないし、ディシプリン系の学問に心地よい刺激を与える存在であり続けるのです。
2006年度スラブ研究センター夏期国際シンポジウムは、「スラブ・ユーラシア世界への眼差し:変化と進歩」というテーマで7月6日と7日に開催 されます。これはロシアを始めとする旧ソ連空間を国際関係の上で再定義するべく、いわば「外」や「周辺」からスラブ・ユーラシア世界を議論しようとするも のです。米国、中東欧、ロシア、中国、インド、パキスタン、韓国などのスラブ・ユーラシア地域の国際関係にかかわる著名な専門家がセンターに集結します。 「多角化するロシア外交」「南アジアとスラブ・ユーラシア」「中央アジア:ユーラシアの十字路」「ユーラシア国境の協力と困難:中ロ関係の場合」「ロシア と東アジア(ラウンドテーブル)」などのパネルが用意されています。プログラムは現在、最終的な確定に向けて作業を進めています。まもなくセンターのホー ムページでアナウンスされる予定です。
現時点での外国からの参加予定者は以下の通り(順不同)。
マーサ・オルコット(カーネギー基金、米国)、ラースロー・ポーティ(戦略防衛研究所、ハンガ リー)、マーク・キャツ(ジョージ・メーソン大学、米国)、ファザル・ラフマーン(戦略研究所、パキスタン)、ニルマラ・ジョシ(ネルー大学・ロシア中亜 東欧研究センター、インド)、ファルホド・トリポフ(世界経済外交大学、ウズベキスタン)、孫壮志(中国社会科学院・ロシア中亜東欧研究所、中国)、ドミ トリー・リャブシュキン(タヴリダ国立大学、ウクライナ)、宿豊林(黒龍江省社会科学院・ロシア研究所、中国)、セルゲイ・ヴラディ(極東諸民族歴史・考 古学・民族学研究所、ロシア)、河龍出(ソウル国立大学、韓国)他。
泥沼化し、未だ出口の見えないチェチェン紛争。モスクワ劇場占拠事件や、ベスランの学校占拠事件は、ロシアのみならず世界中に大きな衝撃を与えまし た。チェチェン共和国が位置するコーカサス(カフカス、カフカース)地方は、黒海とカスピ海に挟まれた狭い地峡ですが、ソ連崩壊以来、ユーラシア大陸中心 部の要衝として、民族紛争やカスピ海石油パイプライン問題、民主化革命(グルジアのバラ革命)といった国際的な政治問題が注目を集めてきました。
一方で、コーカサスは、ソ連時代から、長寿の郷、ワインの故郷、ポリフォニー(多声合唱)や勇壮かつ優美な民族舞踏など、伝統芸術の宝庫として世界的に知 られてきました。近年もヨーグルトなどの食文化や世界遺産などが日本でも紹介されています。
紛争と流血の地と、美男美女の集う桃源郷。コーカサス・イメージの両極端な違いは、何に起因するのでしょうか? 残念ながら、人類史の秘境ともいうべき コーカサスを直接知る機会は、長い間日本では不可能でした。今回のスラブ研究センター公開講座では、現地の問題に精通する若手を中心とする専門家を集め て、日本で初めて、このコーカサスの歴史と文化に焦点をあてて、連続講義をおこないます。
コーカサスの長い歴史を特徴付けるのは、有史以来、巨大な国家や文明体にのみ込まれることなく、言語や文化の多様性を保ってきたという特異な背景にありま す。文明の十字路に位置する一方、大コーカサス山脈という自然障壁に守られたコーカサスの人々は、内側では多様な言語・宗教に基づく共生の文化を築き、周 辺世界ではマイノリティとしてのネットワークを生かして独自の地位を確保してきました。したがって、コーカサスについて考えることにより、中東・ロシア・ ヨーロッパやアメリカの知られざる側面を観察することも可能になります。また、植生の多様性(りんごやぶどうの原産地)・人間文化の多様性(民族・言語の 坩堝 )は、クロスボーダーな現代において、豊かな文化資源の供給地として時代を先取りした魅力をわれわれに伝えるのです。
ロシア・スラブ研究から出発し、現在、中東からインド、中国研究まで射程にいれたスラブ・ユーラシア学の構築(21世紀COEプログラム)をうたうセン ターにおいて、既存の文明や歴史を超えた実体としてのコーカサスはまさにうってつけな素材です。講座を通して、新たな知的関心の扉をご一緒に開いていきた いと思います。みなさまのご参加を心よりお待ちしております。
日 程 | 講 義 題 目 | 講 師 | |
第1回 | 5月12日(金) | ロシアのイスラム政治とダゲスタン のスーフィズム | 北海道大学スラブ研究センター 教授 松里公孝 |
第2回 | 5月15日(月) | コーカサスをめぐる国際政治:求め られるバランス外交 | 東京外国語大学 講師 廣瀬陽子 |
第3回 | 5月19日(金) | 野戦軍司令官からジャマーアット・ アミールへ | 東北大学 教授 北川誠一 |
第4回 | 5月22日(月) | コーカサス・ダンスとディアスポラ (トルコの例) | 東京外国語大学 講師(非常勤) 松本奈穂子 |
第5回 | 5月26日(金) | 「コーカサスの虜」たち:ロシア文 学に表れたコーカサスのイメージ | 山形大学 助教授 中村唯史 |
第6回 | 5月29日(月) | 中央アジアとコーカサス:近くて遠 い隣人? | 北海道大学スラブ研究センター 助教授 宇山智彦 |
第7回 | 6月2日(金) | コーカサス史の転回~歴史における 「辺境」と「中心」~ | 北海道大学スラブ研究センター 講師 前田弘毅 |
センターとロシアのサハリン国立大学の共催により、第2回日露シンポジウム「日本とロシアの研究者の目から見るサハリン・樺太の歴史」が2月16日 と17日の2日間にわたってセンターで開催されました。これは、北大の「重点配分経費」による支援をうけて、昨年の夏にスタートした「北海道とサハリン 州:相互理解に資する歴史記述を求めて」と題する研究プロジェクトの締めくくりとなる国際会議として企画されたものです。昨年11月1~2日にサハリン国 立大学で開催された第1回シンポジウムは、サハリン・樺太史の分野におけるはじめての日露国際会議として意義深いものでしたが、今回はこの分野における学 問水準を相互に確認するとともに、より実質的な共同研究に展望を開くものとなりました。報告者数も日本側4名、ロシア側9名、計13名だった前回に比べ て、今回は日本側8名、ロシア側9名、計17名と増え、フロアの参加者を交えて活発な討論が展開されました。会議のプロシーディングスは、前回と同様に双 方がそれぞれ日本語版とロシア語版を作成し、近く刊行する運びとなっています。
センターはこの機会にサハリン国立大学と学術交流協定を締結することも企画し、シンポジウムの閉会時に田畑センター長とE.リシツィナ副学長が協定 書に調印しました。サハリン国立大学は、文・歴史・法・理・経済・教育・工の7学部からなる総合大学で、今回の協定は歴史学と地域研究分野における学術交 流を目的とするものです。
今回のシンポジウムを準備する過程で北大総合博物館の企画展示「北大樺太研究の系譜:サハリンの過去・現在・未来」の開催構想が明らかになったのを うけて、本プロジェクトの研究組織としても展示資料を提供してパネルと展示ブースをいくつか担当するなど、総合博物館の企画に側面から協力したほか、2月 19日にはロシア側のシンポジウム参加者とともに企画展示の開会行事に参加しました。また、2月20日には企画展示関連セミナーの一環としてセンターに滞 在中のM.イシチェンコさん(サハリン国立大)による市民向けの講演「サハリン紹介」が組織されました。なお、「北大樺太研究の系譜」は総合博物館で5月 7日(日)まで開催。21世紀COEプログラム「スラブ・ユーラシア学の構築」が同じく21世紀COEプログラム「新・自然史科学創成」と並んで共催団体 に名を連ねています。
第1日(2月16日・木) |
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09.30~09.45
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開会 |
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09.45~10.25 |
[1]井
澗裕 「開拓使のロシア建築」 |
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10.25~11.05
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[2]倉
田有佳 「Kh.P.ビリチ(1857-1923)の生涯か ら:流刑地サハリン・日露戦争時代」 |
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11.20~12.00 |
[3]板
橋政樹 「1905年夏、サハリン戦と住民」 |
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12.00~12.40
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[4]
ヴィソコフМ.С. 「日露戦争の貴重な資料か月並みな改竄 か:C.ククニャン著『サハリン最後の日々:回想録』について」 |
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14.00~14.40 |
[5]天
野尚樹 「1905年におけるA.A.パノフのサハリン言 説」 |
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14.40~15.20 |
[6]ポ
タポワН.В. 「日露戦争とサハリンの正教徒の生活(主教 座出版物から)」 |
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15.35~16.15 |
[7]ドラグノワЛ.В. 「1905-1945年の樺 太庁文書.サハリン州国立文書館フォンドにある日ロ双方の戦後史文書資料」 |
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16.15~16.55 |
[8]サ
ヴェリエワЕ.И. 「民政局:サハリン州国立文書館の文書 に見る1945-1947年の歴史」 |
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16.55~17.35 |
[9]松
井憲明 「サハリンのコルホーズの歴史から:1956年3月 の農業アルテリ定款決定と関連して」 |
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17.35~18.15 |
質疑応答 |
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第2日(2月17日・金) |
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09.30~10.10 |
[10]
三木理史 「日本植民学地における『樺太』」 |
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10.10~10.50 |
[11]イシチェンコМ.И. 「樺太の住民形成史の資 料としての日本の公式統計」 |
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11.05~11.45 |
[12]アリンЮ.Ю. 「1905-1945年の南北 サハリンにおける金融システムの比較分析」 |
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11.45~12.25 |
[13]テチュエワМ.В. 「1925-1945年の 樺太における石炭産業の発展」 |
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13.45~14.25 |
[14]池田裕子 「日本統治下の樺太における郷土教育 実践」 |
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14.25~15.05 |
[15]スコロバチИ.Р. 「1920-1930年代 のサハリンにおける学校の状態」 |
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15.20~16.00 |
[16]
竹野学 「北大植民学の樺太農業調査」 |
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16.00~16.40 |
[17]リシツィナЕ.Н. 「1950-1980年代 のサハリン国立教育大学における歴史学形成の歴史から:И.А.センチェンコ、В.Л.ポリャコフ、 А.М.ロパチェフ、А.Н.ルイシコフ、Н.И.コレスニコフ、 В.А.ゴルベフ」 |
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16:40~17.30 |
質疑応
答・総括討議 |
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17.30~17.45 |
合意書調
印・閉会 |
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18:30~20.00 |
懇親会 |
2006年度のセンター教員・研究員が代表を務める文部省科研費補助金による研究プロジェクトは次の通りです。
種 目 | 研究代表者 | 研 究 課 題 名 | 期 間 |
基盤研究A | 林 忠行 | 旧ソ連・東欧地域における体制転換 の総合的比較研究 | 2005-08年度 |
望月 哲男 | スラブ・ユーラシアにおける東西文
化の対話と対抗のパラダイ
ム |
2005-08年度 | |
田畑 伸一郎 | ロシア資本主義と資金循環 |
2005-08年度 | |
家田 修 | 東欧のコミュニティ形成と地域公論
及び広域公共財 |
2006-08年度:新規 | |
岩下 明裕 | ユーラシア秩序の新形成:中国・ロ シアとその隣接地域の相互作用 | 2006-09年度:新規 | |
基盤研究B | 松里 公孝 | 旧社会主義圏に生まれた非承認国 家:多層的分析と相互比較 | 2005-07年度 |
山村 理人 | 旧ソ連諸国における農業インテグ レーションの展開とその多面的影響 | 2004-06年度 | |
基盤研究C | 荒井 信雄 | 北海道とサハリン州の相互理解に資 するサハリンにおける地域変容の研究 | 2006-08年度:新規 |
宇山 智彦 | 地方史から見る近現代中央アジア: 地域構造の再検討 | 2006-08年度:新規 | |
若手研究B | 前田 弘毅 | 16-18世紀コーカサスにおける イランの強制移住政策に関する研究 | 2005-07年度 |
毛利 公美 | 越境の詩学-亡命ロシア文化におけ る映像文化と文学の接点としてのナボコフ 研究 | 2006-08年度:新規 | |
福田 宏 | 中東欧のオリエンタリズム-古典古 代への憧憬と身体 | 2006-08年度:新規 | |
藤森 信吉 | ユーラシア地域におけるエネル ギー・パイプライン政策の比較研究 | 2006-08年度:新規 |
2006年度の21世紀COEプログラム外国人フェローには30名の応募があり、厳正な審査を経て、以下の4名の方々を招聘することが決まりまし た。
氏名 | 所属 | 研究テーマ |
滞在期間 |
フリ
ツァーク、ヤロスラヴ(HRYTSAK, Yaroslav) |
リヴィウ国立大
学歴史研
究所長(ウクライナ) |
ポス
ト・ソヴィエト・ウクライナにおけるリージョナリズムとナショナリズム |
2006 年9月30日~12月30日滞在予定 |
ペイ
ルーズ、セバスチャン(PEYROUSE, Sebastian) |
東洋言語文明学
院ポス
ト・ソヴィエト諸国センター(フランス) |
ポス
ト・ソヴィエト期中央アジアにおける宗教管理:ソヴィエト期の概念的フレームワークの継続 |
2006
年7月1日~9月30日滞在予定 |
カシヤ
ノフ、ゲオルギー(KASIANOV, Georgiy) |
ウクライナ科学
アカデ
ミーウクライナ史研究所現代史・政治部門長(ウクライナ) |
独立ウクライナにおける歴史政策 |
2006 年7月1日~8月14日滞在予定 |
エキエ
ルト、グルゼゴルズ(EKIERT, Grzegorz) |
ハーヴァード大
学政治学
部教授(米国) |
EU拡
大後の中・東欧における民主主義的統合と経済改革 |
2007
年2月1日~3月28日滞在予定 |
韓国培材大学教授李佶周(イー・ギルジュ)さんが、サバティカルを利用して、2006年3月から1年の予定でセンターに滞在しています。ご専門は チェーホフなどを中心とするロシア文学で、シベリアに関連した文化史にも関心をお持ちだということです。
今年の1月から4月にかけて、以下の専任研究員セミナーが開催されました。
月日 |
発表者 |
報告 |
外部コメンテーター |
1月31
日 |
前田弘毅
|
二重の周
縁:サファヴィー朝権力とグルジア |
羽田正
(東京大学) |
3月14
日 |
望月哲男 |
19世紀
ロシア文学におけるイエズス会のイメージ:『カラマーゾフ兄
弟』読解へのステップ」 |
松本賢一
(同志社大学) 安藤厚(北大文学研究科) |
3月16
日 |
林忠行 |
T.G.
マサリクの「小さな諸国民の地帯」をめぐって:第一次世界大戦
期の言説か |
百瀬宏
(津田塾大学名誉教授) |
4月13
日 |
家田修 |
地域との
対話:地域研究と中域圏(1) |
石川登
(京都大学) |
専任研究員セミナーは、事前に配布された当該研究員の最新の論文(原則として未刊行のもの)に対して外部コメンテータおよび当日出席した専任研究員 全員がコメントを加え、報告者がそれに対して答えるという形でおこなわれます。
前田報告は、同氏の博士論文最終章の一部を構成するものとして書き下ろされた論文に基づくもので、17~18世紀のサファヴィー朝の滅亡にいたるま での歴史を再検討し、サファヴィー朝権力と「グルジア内秩序」の関係の連続性と変容を明らかにしようとしたものです。特に、中心と周縁の関係性という視点 での理論化の試みをめぐって、参加者の間で討論が展開されました。
望月報告は、21世紀COEプログラム研究報告集10号に所収された論文に基づくものです。ドストエフスキーの作品におけるイエズス会のイメージ、 とりわけイエズス会士の表象を分析対象としており、この問題についての文学史的背景を検討し、『カラマーゾフの兄弟』に現れた同会士のイメージやその特徴 を探ろうとしたものです。
林報告は、第一次大戦後ドイツとロシアに挟まれた欧州部分に出現する小国群に関連して「東欧」の地域概念を最も早く提唱した政治家マサリクに注目 し、その言説の変化をたどり、地域概念形成の経過を明らかにしようとしたものです。
家田報告は、21世紀COEプログラム「講座スラブ・ユーラシア学」1巻用の論文を書くための準備作業としてまとめられたものです。日本における様 々な地域研究の中でつくりあげられてきた地域概念を「中域圏」概念と比較しようとするもので、今回は、京都大学を中心とした東南アジア研究とその地域概念 が比較分析・検討の対象としてとりあげられました。
2月2日に2005年度のCOE研究員セミナーが開催されました。このセミナーは、専任研究員セミナーに準じた形で、COE研究員が年に1度報告を おこなうものです。ペーパーの事前提出、外部からのコメンテータの招聘など、専任研究員セミナーの形式に倣っています。この日に報告したのは以下の方々 で、熱のこもった討論が展開されました。
発表者 |
報告 |
外部コメンテーター |
永山ゆかり |
アリュートル語における身体部位の抱合 |
佐々木冠
(札幌学院大学) |
荒井幸康 |
ペレストロイカ以降のカルムイクにおける
言語政策について:1990年代におこなわれた術語政策、正書法改革を中心に |
木村護郎
クリストフ(上智大学) |
福田 宏 |
多極化するチェコ社会と結
社:交差する市民と国民の身体 |
松本彰
(新潟大学) |
後藤 正憲 |
呪われた意味:チュヴァシの
卜占における意味と表象 |
小田博志
(北大文学研究科) |
井澗 裕 |
工匠ノ手ヲ借リス:開拓使とロシア建築 |
池上重康
(北大工学研究科) |
毛利 公美 |
ナボコフの文学と映像:『賜物』を中心に |
大平陽一
(天理大学) |
ニュース104号以降の北海道スラブ研究会、センターセミナー、及びSES-COEセミナーの活動は以下の通りです。
2月
6日 |
E. グチノヴァ(センター) |
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「カルムィク人強制移住:ジェンダーの観点」(センターセミナー) |
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2月14日 |
仙石学(西南学
院大) |
|
「中東欧諸国の環境政策の比較:欧州化の議論との関連
で」(センターセミナー) |
||
2月
16-17日 |
第2回日露シンポジウム「日本
とロシアの研究者の目から見るサハリン・樺太の歴史」(プログラムは記事参照) |
|
2月18-19日 |
2005年度冬
期研究会「スラブ・ユーラシアにおける東西文化の対話と対抗のパラダイム」 |
|
根村亮(新潟工科大)「エヴゲニィ・トル
ベツコーイのロゴス論」 |
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兎内勇津流(センター)「18世紀ロシアにおけるプラ
トン」 |
||
乗松亨平(東京大・院)「植民地表象と形式の問題」 |
||
前田君江(東京外国語大・院)「1946年<ソ
連・イラン文化協会>作家会議とイラン文学」 |
||
平松潤奈(東京大・院)「ショーロホフ『静かなドン』
における“コサック”:その主体化と解体」 |
||
井上徹「ロシア・ソ連とハリウッドのミュージカル映
画」 |
||
佐藤千登勢(上智大)「アメリカとロシアとアジア:
“トゥルクシブ”と“アジアの嵐”を中心に」 |
||
扇千恵(同志社大)「映画『ナイト・ウオッチ』」 |
||
福間加容「20世紀初頭におけるロシア美術の二つの
“東”:中央アジアと極東」 |
||
貝澤哉(早稲田大)「パーヴェル・フロレンスキイの芸
術論」 |
||
中村唯史(山形大)「バレエ『美しいアンガラ』をめ
ぐって」 |
||
小野田悦子(北大・院)「ロシア版ロック・オペラ
『ジーザス・クライスト=スーパースター』:イエスとマグダラのマリアとの関係にみる“東”と“西”」 |
||
鴻野わか菜(千葉大)「現代ロシアの“戦争”映画」 |
||
宇山智彦(センター)、三谷恵子(京都大)、貝澤哉、
中村唯史、鴻野わか菜(基調発言者)「東西文化の対話と対抗」 |
||
3月
7日 |
E. グチノヴァ(センター) |
|
「美、健康、権力:動物行動学およびジェンダー論を用いた考察」
(センターセミナー) |
||
3月17日 |
“21st
Century COE Seminar: Problems of Russian, Soviet and Post-Soviet
History” |
|
M.ドルビロフ(センター)“Russifying
Bureaucracy and the Politics of Jewish Education in the Russian
Empire’s Northwestern Region (1860s-1870s)” |
||
青島洋子(東京大・院)“The
Emergence of Professional Elites during the Great Reform: The Teachers
Collectives in Universities and Gymnasia” |
||
M. レノー(センター) “The
Politics of Rehabilitation and the Investigation of the Kirov Murder,
1953-1957” |
||
松井康浩 (香川大)“Stalinist
Public or Communitarian Project? Housing Organizations and Self-Managed
Canteens in Moscow’s Frunze Raion” |
||
N.バビルンガ(プリドニエストル大、モルドヴァ)、
北川誠一(東北大)、吉村貴之(東京大)、前田弘毅(センター) “Historiographies around Unrecognized
States (ラウンドテーブル)” (SES-COEセミナー) |
||
3月
18-19日 |
「ロシアの中のアジア/アジア
の中のロシア」研究会特別セミナー |
|
神長英輔(東京大)「戦争と漁業:『北洋漁業』の歴史を問い直す」 |
||
劉孝鐘(和光大)「コミンテルン極東書記局の成立過程:ソヴィエ
ト・ロシア、コミンテルンと東アジアの革命運動」 |
||
高尾千津子(早稲田大)「アブラハム・カウフマンとハルビン・ユダ
ヤ人社会」 |
||
V.ダツィシェン(クラスノヤルスク国立教育大、ロシア)「19世
紀末ロシアの満洲への勢力拡大:その原因と目的に関する考察」 |
||
O.バトバヤル(北大・院)「ロシア軍部と日本軍部のモンゴル認
識:1911年の独立宣言前後を中心に」 |
||
A.ヒサムトディノフ(極東国立工科大、ロシア)「ロシアの対『黄
色諸国』最前線:忘れられたウンテルベルゲル(1906-10)・ゴンダッチ(1911-1916)両総督と探検家アルセニエフ(1924)の構想」 |
||
生田美智子(大阪外国語大)「ハルビンのロシア人:文化的アイデン
ティティの問題に寄せて」 |
||
塚田力(北大・院)「中国領アルタイの古儀式派:国連難民高等弁務
官事務所資料を中心に」 |
||
倉田有佳(北大・院)「ロシア革命後に日本に亡命・避難したロシア
人の歴史より」 |
||
麻田雅文(北大・院)「中東鉄道警備隊と満洲の軍事バランス:
1897~1907」 |
||
左近幸村(北大・院)「スンガリ川、アムール川の穀物輸送とロシア
の植民問題:1907-1913 年」 |
||
天野尚樹(北大・院)「極東における帝立ロシア地理学協会:サハリ
ン地理調査を手がかりとして」 |
||
原暉之(センター)「北東からみた海のアジア近代
史」(SES-COEセミナー) |
||
3月27日 |
斉藤元秀(杏林
大) |
|
「米中
接近とソ連」(センターセミナー) |
||
3月
29日 |
国際シンポジウム「春樹をめぐ
る冒険:世界は村上文学をどう読むか」 |
|
パネリスト:A.ゼリンスカ=エリオット(翻訳者、ポーランド)、
D.コヴァレーニン(翻訳者、ロシア)、J.ルービン(翻訳者、米国)、ライ・ミンチュ(翻訳者、台湾)、沼野充義(東京大)、藤井省三(東京大) |