SLAVIC STUDIES / スラヴ研究

スラヴ研究 44号
体制移行期におけるロシア・中央アジア諸国間分業 関係の経路依存性:試論

岩崎一郎 (一橋大学・院)

Copyright (c) 1997 by the Slavic Research Center( English / Japanese ) All rights reserved.

はじめに
I.ソ連期におけるロシア・中央アジア諸国間分業体制の形成-簡単 な経緯-
II.ロシア・中央アジア諸国間貿易関係の推移(1991-95年)
III.中央アジア工業生産動向の分析
結 語

引用文献


はじめに

五カ年計画制度が正式に放棄され、集権的計画経済体制の抜本的変革が図られた1991年を旧ソ連圏における市場経済システムに向けた体制移行期の初 年度とするのであれば、この歴史的画期は1995年で既に5年をむかえたことになる。この間、ロシアと中央アジア諸国におけるマクロ経済の悪化は残念なが ら克服されないままに終わった。表1によれば、95年の国内総生産 は、これら全ての国で実質マイナス成長を記録した。*1また殆どの国で工業分野における生産と 雇用の持続的縮小が認められた。とはいえ、CIS統計委員会の見解*2によれば、CIS加盟国 の経済悪化のテンポは工業部門でも沈静化する兆しを示している。また分野によっては、旧ソ連圏から国際市場への販路転換によって再び活性化しつつある部門 (例えばロシアのエネルギー産業)もあるとされる。しかし、1990年12月を基準(100)とした各国の実質工業生産は、95年3月現在でトルクメニス タンが67.9、95年末現在でロシアが47.4、カザフスタンが62.8、キルギスタンが57.0、タジキスタンが31.7と、唯一例外であるウズベキ スタン(115.8)を除いて、かなりの低水準に留まっており、依然としてソ連末期の水準を大きく割り込んでいる。*3

岩崎(1993)や井沢(1995)で述べられている通り、ロシア及び中央アジア諸国の政治・経済改革は、連邦解体直後から現在に至るまでその内容 と進度について常に大きな差が生じている。EBRD(1995)の推定による95年中旬の各国GDPに占める私的セクターの比重を例にとれば、改革推進国 とされるロシアやキルギスタンでは、その比重は各々55%、40%であるのに対し、急進的改革に否定的な態度を取り続けるトルクメニスタンでは僅か15% に留まり、その差は最大40%に達した。私有化政策における進捗状況の地域間格差は、西村(1995)においても言及され、「ロシアを除くCIS諸国は、 私的セクターの発展も、私有化も大幅に遅れており、その停滞が顕著である」と指摘されている。*4

また各国の政治状況も、最高指導者を首班とした事実上の一党支配を確立しているトルクメニスタンやウズベキスタンと、多数政党が複雑な政治闘争を展 開しているロシアやキルギスタンでは政権の安定度が明らかに異なるし、ましてや長期化する内戦に翻弄されるタジキスタンはいわずもがなである。従って、連 邦解体後から95年末までのロシア・中央アジア諸国の工業部門が、近似的に激しい生産低下と高いインフレ率を示し、深刻な停滞状態にある原因を、国内の改 革が引き起こす政治的・経済的混乱のみに求めていくことはできない。

そこで、Valentei (1993), Kirichenko (1995), Abdynasyrov (1995),World Bank(1994)など、多くの研究者や機関が、ソ連期に構築された相互依存的分業体制と共和国間域内貿易の質的・量的な重要性を、同地域における経済 危機があたかも一体として深刻化した主因と論じている。ただ、この種の見解を主張する論文は、単に問題点の所在を指摘するに止まるものが多く、共和国間分 業体制と域内貿易というファクターがどのようなロジックで各国の経済危機と結びつき、また如何なるメカニズムが、旧ソ連圏全体に共通する経済現象を生み出 すのかについて理論的・実証的に解明した業績は極めて少ないのが現状でもある。*5

旧ソ連圏の大幅な景気後退は、消費需要の落ち込みや設備投資の縮小、軍事支出の大幅削減や企業間累積債務など、複数の要因を元凶とするのは論を俟た ない。しかしソ連期に形成された連邦構成共和国間の分業体制と域内貿易構造が、体制移行期にあるロシアと中央アジア諸国の経済動向に与える影響もまた、こ れら諸要因に匹敵する重要性を持つと筆者には思われる。

本論文の目的は、体制移行期のロシアと中央アジア諸国の経済的紐帯を考察し、この係わりで中央アジア諸国の工業生産動向を理論的・実証的に分析する ことにある。特に本稿では、ソ連期の分業体制を継承しながら強固に維持されているロシア・中央アジア諸国間生産財取引関係の「経路依存性」(pass- dependency)*6に注目する。何故なら,ソ連時代の分業関係を統率する政治的求心力 が消滅してもなお、中央アジア諸国の多くの生産者が、ロシアとの長期的・反復的契約関係に依らざるを得ない状況に、体制移行経済の新たな問題が潜んでいる と思われるからである。


本稿の構成は次の通りである。

まず次のI節では、ソ連期におけるロシアと中央アジア諸国の分業体制の形成過程とその性質について簡単に振り返る。II節 では、1991-95年の期間におけるロシアと中央アジア諸国間貿易関係の推移を検討する。III節では、生産財取引関係の経路依存性を前 提にロシアの景気変動が中央アジア諸国の工業生産動向に及ぼす影響を論じる。IV(1)節では、経路依存性の発生メカニズムを理論的に吟味 する。そして結語で筆者の結論を要約する。

I.ソ連期におけるロシア・中央アジア諸国間分業体制の形成
-簡単な経緯-

一定の経済圏を構成する国々の間で如何なる貿易活動がなされるかは、当該国の産業構造と、産業構造を前提とした域内の分業体制に多くを規定される。 世界でも比類の無い強固な統一的経済圏であったソ連において、各経済地域における産業開発及び共和国間の分業体制は「社会主義的生産力配置」 (sotsialisticheskoe razmeshchenie proizvoditelinykh sil)と呼ばれる政策手法により形成され、計画経済体制により維持・運営された。

連邦構成地域であった中央アジアに目を転じると、同地域は帝国期よりロシアにとって有力な原綿供給者であり、この頃からロシア経済と強い関わりを有 していた。主に農産品の交易を中心としたこの時期のロシアとの経済関係は、ソ連編入後、(1)民族辺境地域における工業化の加速、(2)地域間のより均等 な工業配置、(3)原料・燃料源や消費地への工業の近接、(4)(1)国防力強化などのいわゆる「工業配置原則」を基本理念としたソ連政府の開発政策によ り、鉱工業分野においても多様化していったことは別稿(1996)でも論じた。*7

連邦政府による生産諸力の共和国間配置は、民族政策的観点から実施された側面があり、経済性とは別の観点から、対中央アジア工業投資が決定された可 能性がDyker(1970)により指摘されている。*8しかし一方で、経常的な生産活動は、 (1)物流コスト、(2)原材料・エネルギー供給源および製品消費地の地理的位置関係、(3)近接する地域産業との係わりなどの条件下で、ノルマチーフの 達成を至上命題とする部門別経済省により組織された。この結果、為替リスクや関税障壁に阻まれない経済環境の中で、連邦共和国という行政区分を超越した不 可分な生産体制が中央アジア地域にも形成される。野村(1993)は、カザフスタンの共和国間経済関係を論じた論文で、「旧ソ連の生産企業は独占的な巨大 企業であり、その取引は共和国国境を越えてコンビナートを形成していた。カザフスタンも国土が広大であるため、北部地域はロシアと連結し、南部地域はウズ ベキスタンやトルクメニスタンなどと連結する傾向があった」と指摘しているが、*9このような 指摘も行政区画を超越したソヴェト分業システムの典型例として挙げられる。

更に、次に挙げるソ連の経済システムが有した4つの特徴は、生産力配置政策により形成された共和国間分業体制と域内貿易の、緊密で、国際市場に対し て閉じた体系を制度的に補完する役割を果たしていた。

(1)大規模国営企業による特定品目の独占的生産と行政機構による資源の一元的分配;

(2)ソ連独自の生産技術や工業規格、企業簿記や経営方法を基盤とした生産体制;

(3)政府による経済情報の閉鎖的管理;

(4)諸外国との取引活動に関する厳しい法的制限と行政組織による規制。

この結果、中央アジアを含めた旧ソ連諸国の貿易構造には,旧コメコン諸国にも見られないある特徴が観察される。

表2は、ソ連構成共和国とコメコン及びEU諸国の貿易依存度 を比較したWorld Bank(1994) の資料である。ソ連及びEU諸国は90年、東欧コメコン加盟国は89年のデータに基づいている。同表によれば、中央アジア諸国貿易の対GDP比率は、国別 データを単純平均して31.2%と、他の連邦構成共和国や、東欧コメコン諸国とほぼ同じ水準にある。同程度の貿易依存度を有する国は、EUグループの中に も多数見られるが、中央アジアを含めたソ連構成共和国の、貿易活動における域内貿易シェアの突出した存在はこれらの国々と比しても際立っている。中央アジ ア諸国の域内貿易依存度は、平均88.5%に達しているが、コメコン及びEU諸国の中で、同様の依存度を有する国は1カ国も見出すことができない。一方, ロシアは、他の連邦共和国と比せば、その域内貿易シェアは相対的に低いが、それでもEU諸国の中でも貿易立国とされるベルギーやオランダのそれとほぼ同水 準の60.6%に達している。

このように、ソ連期のロシアと中央アジア諸国の貿易体制は「外に閉じて内に開く」構造を著しい特徴としており、連邦の解体が、この構造を大きく変貌 せしめる契機になるのは自明と見られた。事実、中央アジア諸国政府は、域内貿易の重要性を認識しつつも、そのリスクを分散するため、自国経済の開放を促進 する政策や法制度の整備を進めている(表3)。にもかかわらず、ソ 連期に形成された共和国間の分業関係は、体制移行期の歴史的前提条件として、連邦解体から95年に亙る中央アジア諸国の貿易動向に大きな影響力を及ぼし続 けていると見られる。次節では、ロシアと中央アジア諸国の貿易動向に関連する統計資料を用いて、この点を検証していく。



II.ロシア・中央アジア諸国間貿易関係の推移(1991-95年)

それでは、1991-95年の期間におけるロシア及び中央アジア各国の貿易活動動向を、各国の貿易額の推移や、これら6カ国の間の交易関係から見て いくことにする。

表4は、91年から95年までの名目貿易額(米ドル建て)の 推移を示している。ロシア及び中央アジア諸国の全てが、92年以降、特に域内貿易において大幅な貿易額の縮小を経験している。91年を基準とする総輸出 (輸入)額は、95年末時点でロシアが75(83)%減、中央アジア諸国全体で87(88)%減となり、中でもエネルギーや鉱物資源など、自由競争に適し た輸出品に乏しいキルギスタンは、輸出入額共に6カ国中減少率が最も高く、95(92)%に達した。*10各 国の貿易額は,1993-94年を底として,95年には若干の改善傾向が見られるが、域外貿易活動の急速な回復を示したロシアと比せば、中央アジア諸国の 貿易額は域内、域外を問わずほぼ低迷を続けた。

この結果、ロシアと中央アジア諸国との間で、域内貿易依存度に格差が生じている(表5)。92年以降、何れの国においても域内貿易の比重は総じて低落的な傾向が看取される。が、とりわけロシアで は、95年時点で輸出に占める域内貿易の比率が20.7%、輸入に占める比率が31.2%にまで低下し、貿易構造のダイナミックな転換が観察された。これ に対し中央アジア諸国は、輸出に占める域内貿易の比率が5カ国単純平均で53.7%、輸入に占める比率が同じく65.4%と依然高い。これは、中央アジア 諸国の域内貿易依存度が、ソ連期より極めて高かったことに加え、過去における国際市場との取引経験の希薄さなどの障害が、貿易構造を素早く多角化すること を困難化したことが一因であったと考えられる。

表6は、域内貿易における貿易相手国の構成を示している。天 然ガスの供給先であるウクライナ及びアルメニアが重要な貿易相手国であるトルクメニスタンを除き、中央アジア諸国の域内貿易におけるロシアの存在は際だっ ている。同表から明らかなように、ロシア及び中央アジア諸国の域内貿易は、1〜3カ国との間で集中的に行われ、その他の国の比重は10%に満たない。図1は、1995年のデータを基に、ロシア及び中央アジア諸国を中心 としたCIS域内貿易の相互依存関係を図示したものであるが、トルクメニスタンを除く中央アジア4カ国の域内貿易は、4カ国間の相互貿易と対ロシア貿易と いう2つの柱によって支えられていることが見て取られる。

次に、ロシアと中央アジア諸国との間で、如何なる種類の財が交換されているのかを見ていく。

表7は、各国の輸出・輸入品目構成を示している。同表によれ ば、鉱物資源や金属加工品、繊維製品を輸出する中央アジアは、同時にエネルギーや化学製品、機械・プラント、輸送機器類など、工業用生産財の積極的な輸入 国である。表8及び表9は、ロシアと中央アジア諸国との間で取引される主要な工業品目を示 しているが、中央アジア諸国の輸出入構造の全般的な傾向は、ロシアとの2国間貿易関係にもそのまま当てはめて考えることが出来る。この2つの資料からは、 (1)ロシアは、中央アジア諸国が生産する工業製品の中心的な需要者であり、かつ中央アジア諸国が輸入する多くの生産財について最大かつ独占的な供給者で あること、また、(2)中央アジアの生産財輸入市場におけるロシアのシェアがソ連末期(90年)から94年に至るまで極めて安定的に推移していたことが確 認される。

勿論、中央アジア諸国は、いわゆる「遠い外国」(dalユnoe zarubezhユe)*11か らの生産財輸入も行っている。ただ、表10のカザフスタンの事例 が示すように、域外貿易市場からの生産財の調達は、これまでのところ標準的設備及び資材の単発的購入によって占められ、品目毎の輸入量を見ると年毎にかな り激しく増減している。従ってロシアとの長期的取引関係を代替する程には、その活動レベルは十分な深化と拡大を遂げていないのが現状といえる。

以上からは、中央アジア諸国の域内貿易構造とロシアとの分業関係について、次の2点が指摘される。

(1)ソ連期の閉鎖的な貿易構造を維持した中央集権的行政システムの崩壊、旧ソ連圏の激しい景気後退、自国経済の開放促進などの諸要因により、中央 アジア諸国の域内貿易依存度は年々低下し、その結果、ロシアとの貿易額も大幅に減少した。しかし、これらの国々では、同時に内需も鋭く縮小しており、対ロ シア貿易は、現在でも中央アジア諸国の有効需要を構成する重要なファクターであり続けている。 *12そのためロシアの景気変動は、工業製品に対する輸出需要量の変化を通じて、中央アジア の国々の工業生産活動に大きな影響を及ぼし得る。

(2)中央アジア諸国の域内貿易構造は、マクロ経済環境の激しい変化にも拘わらず、対ロシア貿易と中央アジア地域間貿易を軸に極めて安定的に維持さ れている。これはソ連期の生産力配置の集積により、ロシアと中央アジア地域との間に構築された分業関係が、市場移行期にあっても、初期条件への強い経路依 存性を発揮しているためと考えられる。先に見たように中央アジアの生産財輸入市場におけるロシアの強力な市場占有力は、分業関係の粘着性を維持する「コ ア」であり、それ故に、ロシアの生産動向は、サプライ・サイドを通じて、中央アジア経済に無視し得ないインパクトを及ぼす。

以上の考察は、市場経済への移行期に突入した中央アジア諸国の工業生産動向は、当該期間に激しく変動したロシア経済との係わりで分析する必要を示唆 している。これが次節における理論的・実証的分析の基本的立場となる。


III.中央アジア工業生産動向の分析

前節で見たように、中央アジアにとってロシアは、(1)工業用原材料や1次加工品を中心とする主要工業貿易財の中心的な「買い手」であると同時に、 (2)生産活動に必要な中間投入財や資本財の最大かつ独占的な「売り手」でもある。しかも、ロシアとの分業関係は粘着的であるため、中央アジアの生産者が 短期にその取引関係を他市場へと転換するのは困難であると考えられる(その理由はIV節で述べる)。このため、ロシアの景気変動は、第1に、中央アジア諸 国が産出する工業製品に対するロシアの需要量の変化、第2に、ロシアが輸出する生産財の価格変化という需給の両面から、中央アジア工業の生産活動にショッ クをもたらす。そこで以下では、ロシアが供給する生産財の価格や、交易条件としての為替レートの変動が、中央アジア工業企業の活動に如何なる影響を及ぼし うるのかを順次検討していく。なお、本節の分析には、ロシアと交易活動を行う中央アジアの工業企業を想定した簡単なミクロ・モデルを用いる。本モデルは、 IV節で行う経路依存性の分析にも用いられる。


III.1 基本モデル

いま、一定の資本ストックの下で、可変的生産要素として労働と中間投入財を用いる中央アジアの工業企業を考え、これをC社と呼ぶ。自社製品の生産に 用いる中間投入財は、ロシアからの輸入に完全に依存するとし、C社は、所与の中間投入財輸入価格と賃金率の下で、2種類の生産要素を投入すると仮定する。 なお、簡単化のため、C社の短期生産関数はレオンチェフ型を適用し、

(3.1)

と設定する。但し、yはC社製品の生産量、M、L、Kは中間投入財、労働及び資本の投入量、λ,υ,κはそれぞれ正の「固定的投入係数」である。 従って、生産量y*と、y*を実現する可変的生産要素の最適な投入量との間には、

(3.2)

の関係が成立する。*13

次に、C社の製品は、自国及びロシアにおいて需要されるものとし、その関係を、販売価格の減少関数であり、かつ為替レートの増加関数として、

(3.3)

と表わす。但し、d(・)は需要関数、pはC社製品の相対価格、Eは自国通貨建て為替レートである。

一方、C社が用いる中間投入財の輸出元であるロシアの生産者は独占企業であると仮定し、その価格戦略はフルコスト原理に従うものとする。よって中間 投入財価格の決定式は、

(3.4)

となる。但し、mは中間投入財の相対価格、CMは中間投入財単位当たりの可変費用、γはマークアップ率である。

最後に、C社の製品は差別化されており、同社は、(3.3)式に示される価格に対して右下がりの需要曲線に直面するのであるが、C社製品の市場は、 工業製品市場全体からみれば極めて小さく、C社の価格戦略が国内市場や為替レートに及ぼす影響は無視し得る程度のものする。以上から、自社製品をy販売す ることによって得られるC社の粗利潤率は、

(3.5)

となる。但し、πは粗利潤率、wは賃金率である。


III.2 中間投入財輸入価格の変化

周知の通り、ソ連時代には、少数の国営企業が大多数の工業品目を排他的に生産していた。特に生産財部門は著しい集約化が進んでいたと考えられてい る。多数の独占企業で構成される産業構造のままで、経済危機に起因する急激な生産低下とインフレに直面したロシアの生産財産業にとって、販売価格の引き上 げは損失の拡大に対処する最も手早い方策であったと考えられる。事実、92年以降の工業生産の落ち込みと共に、ロシアの鉱工業生産者価格指数が高騰し表1)、これが同国の生産財産業と幅広い取引関係を有する中央アジアの 諸企業にとって打撃的なコストプッシュ要因となった。上記のモデルに従えば、かかる経済ショックは、価格パラメータmの急激な上昇を意味し、(3.5)式 で示されるC社の粗利潤率が低下する(刄ホ/凾<0)。C社の製品も差別化されているから、自社製品価格の引き上げによって、価格ショックをある 程度は外部に転嫁し得るが、自社製品の需要が価格に対しかなり非弾力的でない限り、同社の販売量は縮小を余儀なくされる。そもそも、生産要素価格の急激な 上昇は、産業界に広く波及する問題であるから、工業部門全体の大幅な産出量低下は免れないところである。

実際に、1991-95年の実質工業生産動向(図2)を観察 すると、ロシアとの分業関係が中央アジア諸国の中で最も緊密なカザフスタンの工業生産動向は、ロシアのそれとかなり連動しながら推移している。また、カザ フスタンほどではないが、キルギスタンやタジキスタンの工業生産も、ロシアやカザフスタンと近似するテンポで産出水準の低下を示した。

一方、ウズベキスタンやトルクメニスタンの工業生産はこれらの国々とは対照的な動きを示した。II節で見たように、ロシアとの関係が希薄なトルクメ ニスタンはともかくとしても、カザフスタンやタジキスタンに劣らない貿易依存度を有するウズベキスタンが、これほどまでにロシアと乖離したトレンドを示す 原因は何であろうか?

この問いに対して、モデルは一つの答えを提示する。(3.5)式が示唆するように、中間投入財価格mの上昇がC社の粗利潤率を低下させる度合いは、 中間投入財の最適投入量を規定する係数λに依存する。このことは即ち、ロシアが供給する生産財に対して中間需要率の高い産業が、その国の工業部門の成長率 に高い寄与度を持てば持つほど、中間投入財の価格変動は当該国により強い影響を及ぼすことを意味する。

そこで、表11によって、1990年の工業生産を基準 (100)とした1991-95年の期間におけるロシア及び中央アジア諸国の工業生産動向を、部門別実質生産額の推移で比較してみる。すると、91年以降 のカザフスタン、キルギスタン及びタジキスタン3カ国における工業部門の実質成長率はロシアと同様に大幅なマイナス成長を続けているが、同表によれば、こ れらの国において、激しいマイナス成長に寄与した産業が、鉄鋼・化学・石油化学・機械・金属加工・建設資材部門など、エネルギーや半製品の中間需要率が高 い重化学工業や製造業に集中している。一方、ウズベキスタンを見ると、同国でも、重化学工業や建設資材部門の激しい落ち込みが上記3カ国と同様に看取され るのであるが、工業全体として、90年の生産水準を辛うじて維持しているのは、綿繰り業や繊維産業を基盤とする軽工業部門、国内市場向け消費財(主に家具 類)を主力商品とする木材加工産業などの労働集約型産業が大きなプラス成長を達成したことによるものであることが分かる。*14

つまり、中央アジア諸国の間で工業生産動向のトレンドにこれほどの差を生じさせる原因は、ソ連の生産力配置政策が決定した各国工業の部門構成や域内 貿易関係の差異に帰するのであり、歴史的初期条件の差が、その後の経済パフォーマンスを規定する現象がこのような場面に顕在化しているといえる。


III.3 為替レートの変化

中間投入財価格の上昇(低下)が、C社の粗利潤率を確実に縮小(拡大)させるのに対して、交易条件である為替レートの変化が、粗利潤率に如何なる影 響を及ぼすのかは必ずしも明らかでない。例えば、為替レートの増価は、一般にその国の交易条件の改善を意味するが、C社のような意味で、ロシアとの輸出・ 輸入業務を同時に行う企業では、交易条件の改善による販売収入の増加は、中間投入財の輸入価格の上昇によって相殺される。この作用は、式を、

(3.6)

と変形することによっても確認される。つまり、(3.5)'式が正負いずれの符号を取るかはこれまでの仮定だけでは不定となる。

モデルによる推定が実際に当てはまるのかを、ここでは中央アジア4カ国の実質工業生産動向(IPCA)を被説明変数とし、対ロシア・ルーブル実質為 替レート(REX)を説明変数とする回帰分析によって検証した。*15計測に際しては、 IPCAについては、中央アジア各国の実質工業生産指数を、一方REXについては、中央アジア諸国が自国通貨を導入する以前の期間についてロシア及び中央 アジア諸国の消費者物価指数比を、自国通貨導入以降の期間について各国通貨の対ロシア・ルーブル名目為替レートとロシア及び中央アジア4ヶ国の消費者物価 指数をもとに筆者が算出した実質為替レートを,各々指数化した月次の時系列データを用いた。*16ま た自国通貨導入という制度変化は、ダミー変数(D)を加えることで処理している。

主な推定結果は表12に示されている。同表によれば、 REXの偏回帰係数は、国によって正負の符号が異なり、かつその値も相対的に小さい。一方,ダミー変数の回帰係数は、全てのケースで負の符号をとり、かつ REXのそれよりも大きな値をとっている。このことは、IPCAの動向を説明するより有意な経済要因は、実質為替レートではなく、自国通貨導入という制度 変化それ自身であったことを示している。また分析結果により、ロシアの工業生産動向との連動性が見られないウズベキスタンについては、他の3カ国と比し て、対ロシア・ルーブル為替レートの変動が、同国の工業生産に及ぼす影響力がより低いことも判明している。以上からあくまで仮説的であるが、*17REXが、IPCAに与える影響力とその方向性に関し、回帰分析の推定結果と理論モデルの 予想は、ほぼ整合的であったと結論できる。


IV 経路依存性発現メカニズムの理論的考察

III節の分析結果によって、ソ連期に形成されたロシアとの分業関係への強い依存は、(1)ロシア経済変動のインパクトを小国である中央アジア諸国 へ伝え、その国内市場を需給両面から撹乱する、(2)貿易関係を調整する「政策変数」としての為替レートの機能を低下させるという意味で否定的な作用を引 き起こすことが確認された。そのため、中央アジア各国政府は、分業関係の経路依存性を発生させる経済ファクターを減免させる政策を実施し、貿易関係の多角 化を図っていかねばならない。II節の考察や表8,9,10などの資料から、ロシア・中央アジア諸国間分業関係の経路依存性は、企業レベルにおける生産財 取引関係の粘着性へと問題を還元し得ることが確認されたと思われる。そこで本節では、中央アジア企業による生産財調達契約の選択メカニズムの解明を通じ て、経路依存性発生の原因を考えていく。


IV.1 生産財調達行動と取引費用

取引費用理論を展開するウイリアムソンは、不確実性(uncertainty)、機会主義(opportunism)、*18限 定合理性(bounded rationality)、資産特定性(asset specifisity)*19が、 企業間契約に係わる取引費用(transaction cost)を発生させる因子として機能する限り、投資の特性とその頻度に応じて、市場以外の形態がより最適な契約統治機構として成立すると主張している。図3は、Williamson(1986)による商取引の分類と個々 のディメンジョンに対応する統治機構の組み合わせを示している。ウイリアムソンによれば、投資の特性が特定的であり、かつ取引の頻度が反復的であるほど、 企業は、市場から契約を排除し、取引を排他的に管理するインセンティブを持つ。*20この考 察に従えば、旧ソ連圏のように、大企業が特定の工業製品を独占的に生産する状況にあって、生産財を需要する側は、供給者との契約関係を双務的・長期的に維 持しようとする合理的根拠を持つことになる。II節で見たように、中央アジア諸国の生産財貿易市場が容易に多角化しない状況は、生産財取引活動のかかる性 質と密接に関連していると考えられる。

さて、ある特定化された生産財を外部から反復的に調達する過程の中で、需要者は大別して3種類の取引費用を負担する。その一つは、不完全情報下で供 給者を模索し、調達契約を実現するための先行費用である。このような費用をここではアグリーメント・コスト(agreement cost)と呼ぶ。二つ目は、新しい契約に基づく生産体制が、既習の技術体系から別の技術体系への移行を求める場合に生じる費用であり。これをスイッチン グ・コスト(switching cost)と呼ぶ。スイッチング・コストには,設備購入に代表されるハード面での実物投資の他、労働者の再訓練や経営技術の刷新といった経費も含まれ,こ の種のコストは、既習技術と新技術間のギャップの増加関数となる。三つ目は、機会主義による危険や取引相手の過誤を回避する目的で、契約の履行状況を随時 監視するための経費であり、これをモニタリング・コスト(monitoring cost)と呼ぶ。*21表13には、これら3種類の取引費用が発生するタイミングと要因が簡 単にまとめられている。

取引費用の存在は、生産財需要者が、他の取引関係へ移行する際の経済的「摩擦」となる。とりわけ(1)体制移行経済における情報の不完全性、(2) 企業内マーケティング部門の欠如ないし未発達、(3)流通システムの未整備、(4)旧ソ連と西側世界の工業・経営技術体系のギャップ、(5)外国企業の対 旧ソ連ビジネスに対する信頼性の低さなどの問題は、アグリーメント・コストやスイッチング・コストを押し上げる構造的要因である。高い取引費用は、中央ア ジア企業による経営戦略の変更を困難化し、生産財需要者を旧来の取引関係に拘束する方向へと作用する。企業間取引活動における摩擦力の「強さ」こそが、工 業部門全体としてロシアとの分業関係への依存性が発現する根本原因と考えられる。次節では、以上の考察を拡張モデルによって分析する。


IV.2 拡張モデル

本節では、中間投入財の供給者がロシアの生産者以外にも複数存在する場合に対応するようIII.1節のモデルを拡張する。但し,簡単化のため、これ ら中間投入財生産者の間で相互反応的な価格戦略は行われないものとする。

いま初期段階において、C社はロシアの生産者と調達契約を結んでいるとし、その契約を第0パッケージと呼ぶ。同様に、それ以外の第i中間投入財生産 者がC社にオファーする契約を、第iパッケージ(i=1,2,…,n)と呼ぶ。各生産者が供給する中間投入財は、C社が現在用いているそれと完全に同質で はなく、仮に同社が他の中間投入財を用いて生産を行おうとする場合にはなんらかの技術変更が不可欠であり、その結果、各生産要素の生産性が変化すると仮定 する。従って、C社から見た第iパッケージの内容を表わすベクトルΨiは、W.1節で示された生産財調達契約の締結・維持に伴う取 引費用の存在も考慮して、

(4.1)

と定義される。但し、miは第i生産者が提示する中間投入財価格、λiiiは 技術変更後の投入係数セット、εiは契約締結後の履行状況を監視するための期間当たりのモニタリング・コスト,ζiは契約締結に至 るまでの先行経費(アグリーメント・コスト)、ξiは技術変更に伴う初期投資額(スイッチング・コスト)である。*22

ここでC社は、現在の取引先を含めた複数の供給者の中からただ一社を選択して長期の取引契約を結ぼうとする。その際C社は、各パッケージの内容に基 づいて予測される利潤流列(πet∈Пe)を、主観的時間選好率(σ)で割り引いた 現在価値の大きさを、その判断基準にすると仮定する。更にC社の期待形成は限定的であり、予見期間は有限(u期間)であるとする。よって割引現在価値V は、

(4.2)

と表わされる。(4.2)式は更に、Pt,Eit,Wt,Ytを それぞれt期の自社製品販売価格、為替レート、*23賃金率、販売量の期待値として、 (3.5)式を導入し、各種の取引費用を差し引くことで次のように特定化される。

(4.3)

但し、Vi(u)は予見期間をuとした場合の第iパッケージに基づく期待利潤流列の現在割引価値である。以上からC社は、Vi(u) が最大となる取引パッケージをオファーする生産者を今後の取引相手として選択する。

(4.3)式から明らかなように、考慮に値する取引パッケージが生み出す期待利潤流列の現在割引価値は時間tの増加関数である。従って、関数Vi(u) は通常V-t平面において右上がりの曲線として描かれる。

図4は、現在の取引相手(ロシア)に加え、潜在的な中間投 入財供給者が他に2社存在するケースが示されている。同図(a)では、予見期間u0の下で、C社は期待利潤 流列の現在価値が最大となる現調達契約(第0パッケージ)を継続する。何故なら、第1パッケージは、契約乗り換えのための機会費用を負担しても生産効率の 向上が全く望めず、一方の第2パッケージは、技術変更により生産効率の改善が望まれるものの初期投資額が大きすぎてu0期 間内では契約乗り換えに値する利潤を得ることが出来ないと判断されるからである。

他方、同図(b)のように、C社の予見期間がu1である場合、同社は旧来の契約関係を破棄し、第2 パッケージに基いた長期調達契約を結ぶインセンティブを持つ。何故なら、第2パッケージを選択した場合、当初は低い収益性に甘んじても、将来のある時点か らは利潤流列の現在割引価値が、現契約を継続し続ける場合を上回ることが見込まれるからである。

図4(a)で示されたケースのように、C社の取引関係が固定化する現象は、経営環境の不確実性が大きいほど、また旧来の契約関係から新しい契約関係 にジャンプする為の取引費用が大きいほど発生する余地が大きい。つまり、経済の開放と自由化の促進によって潜在的には有利な投資案件にアクセス可能である としても、将来に対する不十分な予見性、資金調達の困難性、*24西側との技術ギャップな ど、取引費用の大きさを決定するファクターの影響領域が広ければ広い程、中央アジア諸国のより多くの企業が、合理的選択の結果として旧来の契約関係に依存 し続けるのである。

 

結 語

 

IV節での考察は、不確実性の強さと取引費用の高さで特徴づけられる体制移行経済の下で、ロシアと中央アジア諸国の生産財取引関係における経路依存 性は、企業の限定合理的行動の結果として発現することを示した。しかし、著者はこの分析結果によって、市場の不完全性に伴う中央アジア企業の非最適な選択 行動を問題視したいのではなく、寧ろ歴史的初期条件に制約された中央アジアの特定の国々や産業が、ロシアの激しい景気後退を4年間にわたって回避し得な かったという事実に注意を向けている。

困難な状況にある中央アジアの諸企業が、先に述べた経済的摩擦を乗り越え、長期的に見て経営的に有利で合理的な取引関係に「ジャンプ」するために は、西側からの技術と資本の導入を促す方途が必要であり、その推進には、なによりも自国企業の投資環境の整備に向けた諸政府の首尾一貫した政策努力が肝要 である。これは中央アジア5カ国に共通する戦略的課題であろう。但し、中央アジア諸企業の経営環境は、ソ連期に形成された分業関係の構造や依存度によっ て、国別・産業別にかなりの差異が生じており、政策当局はそれに対応した独自の戦術を選択する必要がある。

以上は、ソ連期に形成されたロシアとの分業体制の経路依存性との係わりで、中央アジア諸国における工業生産の変動メカニズムを分析した結果得られた 含意である。但し、本稿では分業関係の経路依存性という問題が中央アジア諸国の工業生産動向をどの部分まで説明しうるのか、また経路依存性発生メカニズム の理論的考察が、事実に照らしてどの程度立証されるのかについて触れるところがなく、かかるインプリケーションの重要度を明確に示すまでには至っていな い。これら残された諸点は,筆者自身の課題であり、今後の研究過程で明らかにしていくこととしたい。

 

(付記)本稿は、1996年度スラブ研究センター冬季研究報告会で用いた報告原稿を一部加筆修正したものである。なお同稿は文部省科学研究費補助金 重点領域研究『スラブ・ユーラシアの変動』の計画研究「地域間経済協力の問題点と可能性」(課題番号:07206111)の研究成果の一部として、紀要 『スラブ研究』に転載して頂くこととなった。SRC関係者の方々に対し、ここに記して謝意を表したい。


  1. 表1では欠落してい るトルクメニスタンの1995年のGDP成長率について、EBRD(1995)は,-5%という予測値を公表している。
  2. CISSTAT(1996b),p.5
  3. CISSTAT(1995a),p.11,25,CISSTAT(1996b),pp.90-93を基にした筆者による算定。
  4. 西村(1995),261-262頁
  5. Tarr(1994)は、貿易問題から旧ソ連圏の経済問題を実証的にアプローチしたその数少ない業績の一つとして挙げられる。
  6. 「歴史依存性」(history-dependency)とも呼ばれるこの概念は、経済システムが歴史的初期条件に強く依存して進化の経路を 辿る結果、異なる均衡点に収束していく状態を示す。なお経路依存性の問題は、Arthur(1988), pp.17-25, North(1990), pp.121-132,青木・奥野編(1995),72-78頁,原(1996),185-194頁などに詳しい。
  7. 岩崎(1996),39-45頁
  8. Dyker(1970),pp.502-506
  9. 野村(1993),26頁
  10. 1991年以降の激しい貿易額の縮小は、域内貿易額の米ドル換算に係わる統計上の問題に起因する部分もあるが、いずれにせよ連邦解体以降、域 内貿易規模が激減した事実自体はKirichenko (1995)等、多数の論文によって認められているところである。
  11. バルト3国を含めた旧ソ連諸国以外の国々を指す。
  12. 例えば、1994年における対ロシア貿易額のGDP比率(=(輸入額+輸出額)/2×GDP)は、カザフスタンが15.6%,キルギスタンが 7.9%、ウズベキスタンが13.3%となっている.(CISSTAT(1995b)に基づく筆者の計算)
  13. 但し、資本ストック投入量の制約があるため、可変的生産要素をいくら増加させてもy=K/κ以上の生産を達成することは不可能であるが、本稿 では資本ストックが全体の生産量を制約するほど、C社の生産施設はフル稼動していないものと想定して議論を進める。
  14. ところで、図2では、ウズベキスタンとタジキスタンの 生産トレンドがかなり似通っているが、これは綿花栽培期には閑散期に入り、収穫後(毎年9-10月)に活発な生産活動を開始する綿繰り業及び綿加工業の存 在に負うところが大きいと考えられる。またウズベキスタンの機械製造業の活動が好調なのは、同部門が綿花栽培・収穫用農業機械の部品や修理などに傾斜した メカトロニクス産業で構成されているからである。
  15. 表12の回帰式にも示されているように、推定に際し ては、為替レートの変化が工業生産に影響を及ぼすタイム・ラグを2ヶ月と設定した。
  16. 名目為替レートE、ロシア及び中央アジア諸国の一般物価水準をそれぞれ PR、PCA すれば、実質為替レートは Q=EPR/PCA と表わされる。そこで、自国通貨導入前の期間データについては、Eに一定の値(E=100)を与えて測定に用いるQを求め、一方自国通貨導入後の期間デー タについては、期首の名目為替レートを100とした指数データを用いた。
  17. というのも、例えば久保庭(1995)がロシアについて指摘しているように、旧ソ連諸国の生産統計は下方バイアス性の恐れがあるなど、時系列 データを用いたこのような接近には多くの検討点が残されている。
  18. 機会主義とは、虚偽や欺瞞、混乱化などの働きかけを含む狡猾な策略(guile)を伴う自己利益の追求を意味し、ルールや義務に則った、経済 主体の純粋な利己的活動とは区別される。(Williamson(1996),p.378など)
  19. 資産特定性とは、製品価値を失うことなく他者に移転されえない特殊化された投資を指し。人的、物的、場所等の様々な形態を以って現れる非市場 的な特性を指す。(Williamson(1996),p.377など)
  20. ここでは、紙幅の制約からも、取引費用に関する一般理論を論じることは避けたい。詳しくは、Williamson(1986,1996)や、 取引費用とロシア経済の市場化の関係を制度派経済学的に論じた酒井(1995)を参照されたい。
  21. ここでの基本的アイデアは、青木・奥野編(1996),148-150頁,227-234頁などから得た。
  22. ロシアの生産者と初期段階で結ばれている契約パッケージについても(m0000000) で表わされるベクトルΨ0が定義される。但し、仮定から、ζ0=0,ζ0=0であ る。
  23. 為替レートEに添え字iが付いているのは、取引パッケージ毎に清算に用いる通貨が異なることを考慮しているためである。
  24. 資金調達の困難性は、モデルの主観的時間選好率σの上昇につながる。つまり資金調達が困難化するほど、C社は初期投資額が大きいパッケージへ の乗り換えに魅力を失い、また将来の利潤流列をより小さく評価するようになる。

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