北方海域技術研究会 講演会報告
サハリン大陸棚における石油・天然ガスの開発と環境

*以下は北海道技術士センター・北方海域技術研究会講演会の
内容を加筆したものである。(2000年6月1日現在)


4)サハリンプロジェクトの開発の利点

生産分与法による収入増

 生産分与方式による資源開発形態を採用して、外国資本を導入した最初のケースはインドネシアである。外国企業が資源保有国の資源開発に参加する形態としては、生産分与、合弁企業、利権、請負の4形態があるが、今日、生産分与による開発形態が一般的である。その基本的な特徴の第一は、事業主体は形式的には資源保有国(受け入れ国)にあるが、実際の事業管理は投資家が行うことである。これに対して、利権の場合の事業主体は基本的には投資家である。第二は参加する投資家の投入する費用が生産物の一部から支払われることである。開発費の償還や利潤配分が現物支給で行われることになり、資源保有国は一切の現金支出を免除されることになる。第三は投資額を生産物から回収した後に発生する利益に対しては、あらかじめ定められた比率にしたがって資源保有国と投資家との間で分与される。したがって、資源保有国は現物で受取ることになり、生産物を市場で販売することになるために、市況の影響をもろに受けることになる。

 生産分与協定による資源開発形態は、資金や技術力のない資源保有国に主として採用されてきたが、ロシアのような開発技術力のあるような国では例外的といってもよいだろう。米国を中心に外国がロシアに対して生産分与による開発形態を積極的にすすめてきた背景には、ロシアの投資環境が余りにも劣悪であったという事情がある。ロシアは超資源保有国ではあるが、1990年代以降経済困難と政治的不安定のなかで開発に必要な資金と技術の不足が深刻化し、そのために外国から資金を呼び込む必要があった。しかし、従来の合弁企業形態ではさまざまな税が課せられ、利益を生み出す余地はほとんどない。合弁企業設立当初の税金面での優遇措置は次第に失われ、外国企業にとって合弁企業設立の長所が失われた。外国投資に関する法制も未整備であり、既存のロシアの法律に依存した合弁企業では接収される可能性も大きい。インフラが不足していることも、その整備を前提条件として課せられる可能性の高い合弁企業では不利であった。また、外国との合弁企業であるという理由で労働力が割高に設定され、しかも労働組合擁護の色合いが強く、経営を圧迫しかねない状況にあった。このような状況下では、資源開発のような長期に亘る事業にとっては合弁企業はリスキーであり、利権や請負契約も認められていないことから、投資家は自らに有利とみられた生産分与形態による資源開発方法をロシア側に積極的に働きかけたのである。

 しかしながら、生産分与による開発形態を受け入れてもらうための交渉には、とりわけロシア連邦下院議員に対するロビー活動が鍵を握り、しかも長期化したのである。生産分与法の設立過程で、ロシア国内の資源擁護派の反対が強まり、議会での審議過程で生産分与法当初案は譲歩せざるを得なくなり、1995年12月末になってやっと上院を通過した法案は、当初外国投資家が意図した内容から大幅に後退したものであった。

 ロシアの生産分与法は、以下の点に特徴をもっている。

 その第一は、生産分与による開発にあたってはあらかじめ鉱区リストを議会に提出し、それぞれの鉱区を個別に審議しなくてはならないことである。第二はローカル・コンテンツ条項が盛り込まれたことである。開発に必要な設備の一定部分はロシア内で製造されなくてはならないとされた。但し、ロシア企業が提供する機械・サービスの品質が西側企業の水準に達しない場合はこの限りではないことがうたわれている。第三は国家の特権条項が盛り込まれたことである。これによってロシア側が契約を一方的に破棄する可能性が生まれることになった。第四は国家の介入を排除した当初案が削除されたことである。

 以上のように成立した生産分与法は重要な部分で当初案と異なることになったが、外国投資家の投資形態としては合弁企業よりも改善されていることやロシアの投資環境の現実をみれば、外国投資家の思惑とは異なるものになったとはいえ、相対的には生産分与法の成立を歓迎するものとなったのである。

 この法律は1999年1月にはさらに修正が加えられた。修正された重要部分として以下が注目される。

 第一は、小規模な鉱区開発にあたっては地方の権限が強化されたことである。可採埋蔵量が2,500万t未満の石油鉱床、埋蔵量が2,500億m3未満の天然ガス鉱床、埋蔵量が50t未満の金鉱脈鉱床、埋蔵量が1t未満の砂金鉱床および戦略鉱物資源ではなく外貨価値もないその他鉱物資源鉱床の開発にあたっては、個別の連邦法の承認を必要とせず、連邦構成主体の決定で開発できるようになった。但し、大陸棚に関してはこのような条件は適用されない。

 第二は「資源の大安売り」という印象を排除するために、豊かな埋蔵量を有する鉱床でも、生産分与方式による開発に一定の歯止めがかけられたことである。

 生産分与条件で開発できるのは、国家登録簿に登録されている鉱物資源埋蔵量の30%未満であると規定されている。

 第三はローカル・コンテンツに具体的な範囲が定められたことである。雇用に関してはロシア人労働者は雇用総数の80%未満であってはならないとされている。外国人雇用は、協定オペレーションの初期段階か相応の資格を持ったロシア人労働者や専門家がいない場合に限られている。また、探鉱、開発、処理に必要な機械・設備、資材の発注総額の70%以上をロシアの法人格かロシア連邦領土でタックスペイヤーとして登録している外国法人格に割り当てなければならないと規定されている。

 第四は北方少数民族に対して配慮されていることである。ロシアの鉱物資源の多くは北方地域に埋蔵しており、この地域には伝統的に少数民族が生活してきた。生産分与修正法では北方少数民族の利益が擁護され、ロシア連邦政府によって設立される地下資源開発の個別の準備委員会にロシア連邦北方地域の社会経済発展に責任を負っている連邦組織の代表を入れることが義務付けられたことである。

北東アジアの重要なエネルギー供給源

 サハリンプロジェクトが順調に進展すれば、北東アジアの一大石油・天然ガス供給地域に成長することになり、北海やアラスカに並ぶ世界有数の海洋開発地域になる。それによってまず第一に、逼迫しているロシア極東地域のエネルギー需給を緩和できる。現在極東ではサハリン州陸上部とサハ共和国の2カ所で石油年産200万t、天然ガス年産30億m3程度が生産されているにすぎない。サハリン産の石油、天然ガスはパイプラインでハバロフスク地方のコムソモリスク・ナ・アムーレ市を中心に供給されているが、極東全体の消費量を満たすにはほど遠い。

(表-1)ロシア極東地域の石油生産推移
(単位 1,000t)
  1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999
極東合計 1,965 1,809 1,696 1,770 1,908 1,873 1,950
 サハ共和国 119 132 135 143 185 211 230
 サハリン州 1,846 1,677 1,561 1,627 1,723 1,662 1,720 1,700 1,800
(出所)ロシア国家統計委員会『ロシアの工業』および『ロシアの地域』、1998-1999は『ロシアの社会経済状況』

 

(表-2)ロシア極東地域の天然ガス生産推移
(単位 100万m3
  1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999
極東合計 3,416 3,268 3,205 3,115 3,303 3,406 3,413 3,382 3,400
 サハ共和国 1,528 1,538 1,586 1,634 1,666 1,624 1,577 1,600 1,600
 サハリン州 1,888 1,730 1,619 1,481 1,637 1,782 1,836 1,782 1,800
(出所)ロシア国家統計委員会『ロシアの工業』および『ロシアの地域』、1998-1999は『ロシアの社会経済状況』

 極東のエネルギー不足が深刻であるために、極東のガス化が将来のエネルギー需給緩和の最も重要な課題になっている。極東地域のガス化計画は政府によって承認され、1999年12月末にはサハリン州、ハバロフスク地方、沿海地方、ロスネフチ、SMNGおよびハバロフスクエネルゴの出資によって極東のガス供給に責任をもつ「ダリトランスガス」の設立総会が開催された(『ソヴェツキー・サハリン』2000.1.22;2000.2.6) x 。極東地域のガス化計画が成功裏に実施されれば、サハリン州のガス化は現在の22%から2020年には75-80%まで、ハバロフスク地方のそれは同時期に10%から50-60%まで、沿海地方では0%から58-62%まで拡大することになる。

開発による直接収入

サハリンプロジェクトによる直接収入には以下のものがある。

@ 生産物の分与による収入
 生産物分与による利益配分はプロジェクトによって異なる。サハリン〜Uの場合、ロイヤリティを取り除いた残りの部分をまずコスト回収に向ける。したがって、開発当初はロシア側は生産物の分与による収入を得ることができない。収益が出た段階で収益率の割合に応じて以下のように配分される。

■ 収益率17.5%未満の場合 投資家の取り分 90%
    ロシア側の取り分 10%
■ 収益率17.5%以上、24%未満の場合 投資家の取り分 50%
    ロシア側の取り分 50%
■ 収益率24%以上の場合 投資家の取り分 30%
    ロシア側の取り分 70%

 サハリン〜Tの場合にはサハリン〜Uよりも投資家にとって条件が悪くなっている。

A 利潤税
 生産分与法でほとんどの税が免除されているなかで利潤税だけが課せられている。その範囲は販売額の32〜35%であり、プロジェクトによって異なる。例えば、サハリン〜Tは35%、サハリン〜Uは32%である。

B ロイヤリティ
 ロイヤリティは投資家のみを対象にした資源の開発権に対する税であり、プロジェクト実施期間に販売額の5%から15%の範囲内で課せられる。因みに、サハリン〜Tでは8%、サハリン〜Uでは6%である。サハリン〜Uの場合、獲得されたロイヤリティはロシア連邦に40%、サハリン州に60%配分され、サハリン州の取り分はさらに州政府に30%、地区に30%配分される。

C ボーナス
 計画実施の一定段階の開始時に支払われる。1回限りのもので、投資家のみを対象にしている。サハリン〜T、U、Vはそれぞれ5,000万ドルづつ支払わなくてはならない。サハリン〜Tは1994年に500万ドル、1995年に1,000万ドル、1996年6月のコメンセメントデート時に1,500万ドルを支払っている。

 サハリン〜Uは1996年6月のコメンセメントデート時に1,500万ドル、1997年7月のアストフスコエ鉱床の開発開始時に1,500万ドルを支払っている。

 サハリン〜V(キリンスキー鉱区)に関しては、生産分与協定調印時に2,500万ドル、評価作業3年度に1,000万ドル、商業開発に移行できる埋蔵量確認後に500万ドル、生産開始時に1,000万ドルを支払う計画である。

D サハリン発展基金
 サハリン州経済活性化に必要なインフラストラクチャー整備のために、サハリン発展基金への融資が義務付けられている。その額はサハリン〜T、U、Vとも総額1億ドルであり、5回に分けて支払われる。これは無利子で供与されるものであり、元金は返済される。

雇用・経済効果

 ファルフトジーノフ・サハリン州知事は、『ソヴェツキー・サハリン』(1999.8.25)のインタビューに答えて、現在サハリン〜Uによるプロジェクトで大陸棚では50企業、3,000人以上が働いていると語っている。サハリン〜Uによる1998年の契約数は1,159件、2億8,780万ドルにのぼり、そのうち532件、1億3,720万ドル(47.7%)はロシア企業との契約であった xi 。この他、ロシア企業は27件、3,080万ドルのサブコントラクトを結んでいる。1998年にロシア企業が結んだ契約額は合計1億6,800万ドル、契約総額の58.3%に達した。この額は生産分与契約に定められた70%条項をクリアーしていないが、ロシア側は良好な結果であると判断している。とくに、ロシア側のなかでサハリン州内の企業の参加が多く、1998年にロシア側の受注した契約の92%はサハリン州内の企業であったことが州政府の肯定的評価を導いている。一方、1998年に価格、品質および作業遂行期間について契約条件をクリアーできなかったロシア企業は92企業に達しており、その額1億2,650万ドルが外国企業に流れたと報告されている。

北東アジアパイプライン網形成の契機

 サハリンが石油・天然ガスの北東アジアへの供給源となることによって、北東アジア・パイプライン構想が現実のものとなり、パイプライン網の建設に道が開ける可能性が高まっている。ロシアにはサハリンの石油、天然ガスを極東地域南部と朝鮮半島とを結びつけるパイプライン建設構想やイルクーツクからモンゴルを経由して中国、韓国に延びる天然ガス・パイプライン建設構想があり、日本国内を縦断するパイプライン構想と連携したネットワ−クが検討されている。

エネルギーの安全保障貢献

 サハリンの石油、天然ガス開発が本格化すれば、北東アジアに一大エネルギー供給源が生まれ、中東石油依存一辺倒から脱却し、その供給源多様化によって北東アジアのエネルギー安全保障確保に貢献できる。これまで日本や韓国は中東の石油に全面的に依存してきた。しかしながら、21世紀に入って中国をはじめとするアジアのエネルギー消費量の大幅増大が見込まれており、当然のことながら供給源の分散化が輸入エネルギーに大きく依存している国にとっては重要になる。


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