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ワシントンDC滞在記劉 旭(ITP第4期フェロー、派遣先:ジョージ・ワシントン大学エリオットスクール 欧州ロシアユーラシア研究所)
2011年7月から2012年5月までの約11か月間、ITPの助成を受けてアメリカのジョージ・ワシントン大学(GWU)の欧州・ロシア・東欧研究所(IERES)に留学することができた。
ワシントンDCというところは、現代政策研究者としての私にとって、それ以上に望めないほどの場所であると思う。
資源の政治経済研究といえば、世界NO. 1といえるケンブリッジ・エネルギー研究所(Cambridge Energy Research Associates, CERA)の本拠地はワシントンDCにある。
また、この世界政治の中心地に著名なシンクタンクがみな集中している。
今回、この貴重なチャンスを大事にしたいと思い、アメリカへ向けて出発した。 現地到着とIERESのイメージ
ワシントンDCに来たのは7月の中旬だった。
前年に学会発表の機会があり、ワシントンDCに滞在したことがあったので、比較的早くスムーズに生活に慣れるだろうと思った。
事前に赴任時期について受け入れ機関・IERES常任スタッフのケートリンさん(Caitlin Katsiaficas)と連絡を取った。
DCに着いたのは朝だったので、荷物を持ったままIERESに到着したことを報告しに行った。GWU本部はDCの中心地に位置している。
IERESはその本部キャンパスの一番南のところにある国際関係学院(ESIA)のビルの中に入っている。
前回DCに滞在した時、ITPの先輩から案内されて、IERES、そしてGWU本部キャンパスを一周したことがあったので、今回手間どらずに場所が見つかった。
その後、簡単な入校手続きをし、所長のヘンリー・ヘールさん(Henry Hale)、
そして私の担当教員であり副所長のロバート・オータンさん(Robert Orttung)との挨拶で私のIERESでの留学生活が始まった。
IERESはスラ研と違って、学部から独立した研究所ではない。
IERESはESIAの中の2つの部署とビルの5階をシェアしている。
IERESで研究及び学生教育を行っている先生は殆どが、ほかの学部との兼任を務めている方だ。
IERESに通っている常勤研究者は6-7人程度で、スタッフを入れても10人を超えない。
その他の方は皆世界各地からの訪問学者だ。私がIERESにいる間、訪問学者数は30人近くいた。
訪問学者の国籍もロシア、カザフスタン、中国、日本、アゼルバイジャン、ウクライナ、トルコ、ドイツ、スペインなど様々だ。
研究テーマは皆それぞれ違うが、殆どが内政、国際関係、文化人類学、歴史であり、経済を研究する人が比較的少ない。
IERESには、スラ研のようなまとまった図書室がない。
図書資料を利用するなら、図書館に行くか図書館のネットワークにアクセスし電子資料を利用することになる。
普段、資料、特に統計関係のものを探すなら、スラ研の図書室に行くことに馴染んでいる私は最初、GWU図書館の電子資料の豊富さに驚いた。
資源エネルギー関連の統計書、旧ソ連地域の一般経済統計書、Argus FSU Energyなど高価な専門情報誌を図書館のデータベースで見つけることができた。
さらに、ロシア語の専門誌を取り扱うデータベースもある。情報社会が進んでいることに感心した。 研究生活
ITPの主な目的は我々のような若手研究者ができるだけ最先端の研究が行われている環境に溶け込み、英語を使って国際交流能力を高めると同時に研究者ネットワークを広げることにあると思う。
この目標を遂げるために積極的に研究者とコンタクトを取り、研究会やセミナーを組織することが大事だと思う。
ワシントンDCは研究者、特に現代のものを研究するものにとって、まるで天国のようなものだ。
まず、IERESでは、毎週2、3回の研究会が行われるのが普通だ。
私がいた頃、ちょうどロシアでは議会選挙及び大統領選挙の時期でもあったので、政治多元化や選挙をめぐる研究会が数回行われた。
IERESは世界の政治の中心であるワシントンDCに位置するというメリットをうまく利用し、世界から専門家を招き、ユーラシア大陸の最新の政治動向をいち早く把握し発信することが得意のようだ。
私のオフィスはちょうど会議室の真向かいにある部屋なので、興味を引くテーマで、かつ事前に予約が不要なら随時聴くことができる。
とはいえ、最初から最後まできちんと聴いたIERESの研究会は数えるぐらいだ。
なぜならば、多くの研究会の開催時期はその他の研究機関やシンクタンクのセミナーに重なっていたからだ。
DCには幸せな悩みがある。
興味深い研究会が度々重なってしまうほど、多くあることだ。
アメリカのロシア研究の著名な大学やシンクタンクがDCに集中している。
ESIA内なら、IERES以外、8つの研究所や研究センターがあり、研究内容は地域統合や安全保障、グローバル化問題など幅広い。
GWU以外、ジョージ・タウン大学やジョージ・メイソン大学が近くにある。
DCの中心なら、戦略国際問題研究所(CSIS)、ブルッキングス研究所(Brookings)、未来資源研究所(RFF)、東西センター(East-West Center)、国際平和カーネギー基金(CEIP)、ケナン研究所(Kennan Institute)などの頭脳世界に大きな影響力を持つシンクタンクの本拠地がある。
これらのシンクタンクはケナン研究所を除いてロシアや旧ソ連地域を専門とするものがないのだが、民主化に伴う政権交代や体制転換に注目され、ユーラシア大陸の政治経済動向に関する研究会やセミナーが盛んに行われている。
シンクタンクは大学と違って社会への強い発信志向及び政府に向けての政策志向のもとに活動されているが、大学の研究者との交流を積極的に取り込んでいる印象を受けた。例えば、私がよく研究活動を行っていたRFFではほぼ毎週大きな研究会があり、全国の大学から研究者を招き、議論を行う。
研究会のテーマは殆どが持続可能な発展や環境税、再生可能な資源(Renewable Energy)の開発利用なのだ。
DCでの研究活動のうち、もう1つ重要なことは研究者や専門家との交流である。
以前から知っていた一部の研究者がDCを拠点にしているので、今回の滞在はこれらの方々と直接話す機会を与えてくれた。
ユーラシア大陸の国際関係やエネルギーを専門とする方は、Thane Gustafson(Georgetown University)、Edward Chow(CSIS)、Erica Downs(Brookings)、Gilbert Rozman(Princeton University)、Kevin Tu(CEIP)、Elizabeth Wishnick(Kennan Institute)、Matthew Sagers(CERA)などがいる。
彼らへの訪問は私にとって大きな勉強になり、今回のDC滞在をより効果的なものにすることができた。
ここに2つの例を挙げよう。Wishnickさん及びSagersさんへの訪問だ。
Wishnickさんとの会談はケナン研究所の会議室で行われた。ケナン研究所はウィルソン・センター(Wilson Center)のビルに入っており、入所の際、厳重な警備が施されている。
Wishnickさんはロシア語及び中国語が堪能な中露関係の女性専門家だ。
以前主に旧ソ連地域の研究をされていたが、最近中国の台頭と中露関係の重要性が増してきていることにより、研究テーマも変わった。
Wishnickさんは1度札幌で発表したことがあるそうだ。
私との研究背景が非常に近いので、彼女との会談はロシアの内政から中露関係まで幅広く愉快なものだった。
SagersさんはCERAに所属している。CERAというのは世界の最も有名なエネルギー・シンクタンクだ。
Sagersさんと知り合ったのは私がまた院生のころ彼がスラ研の夏シンポに参加した時だった。
今回は5年ぶりの再会だった。
Sagersさんはアメリカ的な話し方をし、早口で話に追いつくには非常に大変だったが、彼は研究者というよりも実務的な専門家であり、
ロシアのエネルギー政策について我々と異なる視点から分析しており、研究者にとって非常に新鮮でよい参考になっている。 日常生活及びその他
ワシントンDCは生活しやすいところだと思う。
政治の中心だが、大きな都市ではないので、バタバタしている雰囲気ではない。
宿は社会情報サイトで探した。
予算、地域の安全状況、交通状況、大学との距離などを考えて、事前に3軒の大家さんと連絡を取り、DCに到着したらすぐ実際の状況を確認し、到着から3日間で入居契約を済ませた。
アメリカ風の3階建ての大きなハウスに、私を入れて6人、男女半々が入居していた。
全員が若者で、よく一緒にパーティをやり語り合っていた。私にとって、アメリカの生活慣習や社会のルールを勉強する貴重な機会となった。 DCには政治に関わる有名な歴史的建築物がたくさんある。 札幌の大通公園のようなものがあり、「National Mall」と呼ばれたDCを東西の方向で横断する緑地帯及びその周りには、記念碑、記念館、博物館、美術館などが林立している。 散歩や読書に絶好な場所なので、私はよく利用した。 反省しなければ・・・
まず、反省したいことは真面目に授業に出なかったことだ。
アメリカの教育スタイルや語学力の向上などを考えて、担当教員のOrttungさんの院生向けの授業への参加を申し出たが、実際には数回しか出られなかった。
ほかのセミナーや研究者との面会が入っていてうまくスケジュールを立てられなかったからだ。この僅かな授業参加の中でも、生徒みなの知識量に驚きを覚えた。
また、日本の授業と違って、教室で先生と生徒との間の交流が多く、自由討論などの生徒の自己表現力を高めるチャンスがたくさん与えられている。
このような授業に多く出ればきっと大きな勉強になったであろうと反省している。
もう1つ反省したいのは、セミナーへの理解及び発表能力の両方が不足することだ。
アメリカでは、研究会やセミナーに参加する方々のうち、聴者は単なる聴者ではなく、セミナーと一体化し、発表者の身になって内容を聴き取っているのが感じられる。
そのため、質問やコメントのレベルが非常に高く、時には辛辣なものとなることがある。
そこにうまく対応するためには、発表者が高い論述のロジック性、言葉の表現力、発表の技術力が求められている。それがまさに私の弱点だと今回の留学で痛感した。
今回のIERESへの留学はいろんな大きな収穫があると共に、反省しなければならないこともたくさんある。
そして、その両方ともに私の貴重な経験となり、これからの研究生活の方向性を示してくれるものとなるであろう。
最後にこの貴重な海外留学のチャンスを下さったスラ研の先生方、裏で細かく支えていただいた事務の方々、そしてIERESの先生及びスタッフ、
またその他の協力していただいたDCの大学やシンクタンクの研究者及び専門家に心から感謝の気持ちを申し上げたい。 |
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