ITP International Training Program



英国オックスフォード滞在報告


大野 成樹

(ITP研究支援員、旭川大学准教授)




 2012年2月上旬、本務校の後期試験が終了し、今年度も入試と卒業式を残すのみとなったと安堵していた。それまでは週9講の講義や校務分掌で多忙であったが、これでようやく研究に集中することができると考えていたのである。そんな折、タイミング良くスラブ研究センターの田畑教授から以下のメールが届いた。「急な話ですが、ITPの追加予算があったそうです。条件は、今年度に1カ月、来年度に1カ月、相手先の1校のうちのどこかに行ってくれればよいのだそうです。可能性がありますか。」


 ITPには以前から興味があった。私は今まで、モスクワのロシア経済省勤務やサンクト・ペテルブルグ大学への留学など、ロシアの諸都市における長期滞在の経験はあったが、英語圏に長期滞在をしたことはなかった。随分と急な話であったため幾分躊躇したが、またとないチャンスを逃すべきではないと考え、この申し出を受けることにした。

 ITPプログラムにおける肩書きは研究支援員であり、既に派遣されているITPフェローに対して助言や指導を行うこととされた。また、松里先生が「オックスフォード大学は社会科学者に来て欲しいそうだ」と言っていたことから、オックスフォードに赴くことに決めた。とはいえ、オックスフォード大学聖アントニー校ロシア・ユーラシア研究センターでは、ロシア経済の研究者が定年退職したために欠員が生じており、現時点では未だに補充されない状況にあったため、他のカレッジに赴き人脈を形成する必要があった。

 私がまずコンタクトを取ったのが、経済学部のChristopher Davis氏である。同氏はロシアの社会保障分野の専門家で、日本の比較経済体制学会で報告を行ったこともあるため名前は知っていた。同氏に「是非お会いしたいのですが」と、拙稿を数本添付したEメールを送った。暫くして返事が届き、「現在は学期中であるため極めて多忙です。2週間後には学期が終了するため時間ができると思います。そこでお会いしましょう。」と記されてあった。
 実際に、同氏に会うことができたのは3月下旬になってからである。聖アントニー校から歩いて20分ほどのところにある社会科学研究棟の研究室に赴いた。研究室には学生が提出したレポートがうず高く積まれていた。聞いてみるとDavis氏は講義、クラス(日本でいうゼミ)およびチュートリアルを合計で週7講担当しており、相当に多忙だという。特に、チュートリアルは3人の学生を相手に行うもので、学生に毎週レポートを提出させるのだが、それを添削しなければならないそうで、かなり手間がかかるという。私が添付ファイルで送った論文も、直接Davis氏の専門分野と関係がないこともあり、ざっと目を通しただけとのことであった。そこで、原油価格と株価の関係、および金融の発展と経済成長の関係について執筆した私の論文を、ホワイトボードを使いながら大まかに説明した。特に、ロシアでは貨幣供給量が増加すると経済が成長するという因果関係が見られる一方で、経済が成長すると銀行貸出額(貨幣供給量と密接に関係する)が増加するという一見逆の因果関係が見られること、この結果はロシアの石油が原因であることなどを説明すると、氏は大いに関心を示してくれた。現在はどのような研究をしているのか、と尋ねられたので、為替レートと株価の関係を分析している、特に1998年の通貨危機のときには計量分析の結果から為替レートから株価への因果性が見られ、群衆行動が確認されたが、2008年のサブプライム危機の際には株価から為替レートが見られ、群衆行動は見られなかった点が面白い、と説明した。すると氏は、「一緒にロンドンに行こう。University College Londonは知っているだろう。School of Slavonic and East European Studiesに知り合いがたくさんいるから、紹介してあげよう。」と言ってくれた。ただ、オックスフォードには1カ月の滞在予定であったため、結局日程の調整がつかず、この話は流れてしまった。来年の滞在の折には、是非ともロンドン大学を訪ねようと思う。


 この他、私がコンタクトを取ったのは、オックスフォード大学エネルギー研究所のShamil Yenikeev氏である。同氏はロシアの石油を政治経済的側面から分析しており、ITPで派遣されている加藤美保子さんから紹介してもらった。また、Yenikeev氏の紹介で中東の原油先物取引などを分析しているBassam Fattouh氏と知り合うことができた。Fattouh氏も私と同じく計量経済的な分析を行っており、中東における金融の発展と経済成長との関係を分析しているという。今後、論文が仕上がったら私にもファイルを送付してくれると約束してくれた。


 今回の滞在は1カ月であったため、知り合うことができた人には限りがあるが、来年はロンドンやバーミンガムに出向き、さらにロシア経済の専門家と議論をしたいと考えている。また、聖アントニー校の中では、他分野の研究者の知遇を得ることもできた。例えば、政治学者のAlex Pravda氏は聖アントニー校のハイ・テーブルで話す機会を得た(ハイ・テーブルに関しては家田修先生がスラブ研究センターニュース第90号2002年7月に詳細に記載されているので参照されたい >>>[click])。Pravda氏はロシア経済が抱える問題についても豊富な知識を持っており、興味関心の広さに感嘆した。さらに、教育社会学者で日本でも著名な苅谷剛彦氏とは、聖アントニー校の食堂で何度か昼食を共にすることができた。この食堂は、昼は12時45分から2時までしか開いておらず、外や自宅で昼食をとる人以外はカレッジの教職員や学生が一堂に会すると言っていい。しかもテーブルの数が限られているため相席になることが多く、必然的にいろいろな人と会話をすることになるのである。苅谷先生とは事前にお会いする約束をしたり、偶然テーブルが同じになったりして、食事をしながらお話をしたのであるが、学生との向き合い方について大いに参考となるところがあった。私自身、本務校でゼミを担当しているのであるが、どのように学生の考える力を養うのか、どのように問いをたてていくためのヒントを与えるのかについて、先生の著作を参考に実践してみたい。


 最後に、英国に滞在する機会を与えて下さった北海道大学スラブ研究センターの先生方に、深く感謝申し上げたい。また、入試や卒業式を控える時期に英国行きを快諾してくださった旭川大学の皆様、そして私に会うために貴重な時間を割いてくださったオックスフォード大学の皆様にもお礼を申し上げたい。今後、しかるべき研究成果を出して恩返しをできれば、と考えている。




聖アントニー校近くのパブで、大学院生たちとビールを飲む機会にも恵まれた。



(Update:2012.05.09)





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