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新センター長より

「地域研究のルネサンスに向けて」


uyama    

宇山 智彦 (SRC)


 1955年に官制化された北海道大学スラブ研究センターは、前身を含めれば約60年の 歴史を誇りますが、ここ十数年の変化は特に大きなものと言えるでしょう。2000年に文学研究科内にスラブ社会文化論専修を開設したことによって、常時30人前後の大学院生を指導するようになったのに加え、プロジェクト関連の研究員や事務補佐員等が激増し、大所帯のセンターになりました。外国人研究者の滞在も増え、しかも単に海外の著名な研究者の高説を私たちが拝聴するというだけでなく、私たちが外国人研究者のキャリアアップをお手伝いする機会が多くなりました。センターのシンポジウムの報告集を外国で出版したり、センターの教員が外国でシンポジウムを開催したりすることも珍しくなくなりました。センターが世界的なスラブ・ユーラシア研究の拠点であるということを、今や、背伸びせずに言うことができます。

 研究内容も変化しました。かつてのセンターは、地域的にはロシア、分野的には社会科学を中心とする研究機関というイメージがあり、中央アジア史研究者である私が1996年に着任した時には、マイナー意識を持たざるを得ませんでしたが、その後中央アジアを含む中央ユーラシア研究がセンターの柱の一つとして確立しただけでなく、各種の文化研究や文理連携的な研究を含め、研究アプローチも極めて多彩になりました。プロジェクト関連では、中国、インド、東南アジアなど、スラブ・ユーラシア(旧ソ連・東欧)以外の地域を専門とする研究員も多く勤務し、センターの活動に大きく貢献しています。

 しかし近い将来、スラブ研究センターは転機を迎えることが予想されます。その最大の理由は、ここ数年のセンターの繁栄を支えてきた大プロジェクトのうち、新学術領域研究「ユーラシア地域大国の比較研究」が2012年度、グローバルCOEプログラム「境界研究の拠点形成」が2013年度をもって終了することです。当面の課題は、これらのプロジェクトの成果を有意義にまとめ上げ公表すること、 終了後の研究資金の方策を考えることですが、資金の問題以上に本質的に重要なのは、センターの中長期的な活動の方向性を決めていくことだと思われます。約5年のプロジェクトのために全力疾走し、それが終わるとテーマを変え、ねじを巻き直してまた走り出すということを繰り返すのでは、いくらセンターが精力的な研究者を集めていても、息切れしてしまいます。スラブ・ユーラシアに隣接する諸地域の研究、その他の地域との比較研究、境界研究といった、21世紀に入ってセンターが新しく取り組んだ研究を無理なく継続するにはどうすればよいか、考えなければなりません。同時に、言うまでもなく、スラブ・ユーラシア地域に関する基礎研究、センター外の研究者コミュニティとの関係の維持・強化、若手研究者の育成といった地道な仕事にも、引き続き取り組まなければなりません。

 また、スラブ研究センターがパワーアップしてきた反面、全国的には、大学教員ポストの削減の影響もあって、スラブ・ユーラシア研究、さらには地域研究全般が非常に元気だと言える状況ではありません(センターでも専任教員数は減っています)。考えてみれば不思議なことです。グローバル化によって、一つの地域で起きたことが世界に波及しやすくなり、自国や「先進国」群の中に閉じこもった思考法では理解できない事象が増えているのに、グローバル化=世界の均質化という一面的な見方のために、ディシプリン系の学問をやっていれば世界が分かるという地域研究軽視の雰囲気が強まっているように見えます。この20年余り、冷戦終結、ソ連崩壊、中東で繰り返される危機や政治変革、中国・インドの急成長などで短期的に地域研究が注目されても、地域の状況を長期的に観察し、他地域と比較し、ディシプリン系の学問との間で相互にフィードバックすることによっ て、学問のあり方や世界認識をどう変えていけるかについては、あまり考察が深められてきたとは言えません。欧米中心の世界秩序が揺らぎつつある今こそ、地域研究のルネサンスが必要ではないでしょうか。センターが、スラブ・ユーラシア地域の現状や歴史についての情報・知見を発信するとともに、他の地域の研究との連携を深めることによって、それを担う一翼となれるなら幸いです。

 このような大変な時期に、若輩で非力な私がセンター長を拝命することには、かなりの不安があります。しかし、経験豊富な先輩方の協力を得てセンターの発展に力を尽くすとともに、文系の学問の究極的な目的が人間と世界の探求であることを忘れず、ただひたすら忙しい職場というだけではない、思索の森、談論の場としての雰囲気作りに努めたいと考えています。諸方面の皆様のご指導・ご協力をお願いする次第です。

(2012年5月1日)



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