IMF, Kyrgyz Republic: Recent Economic Developments (staff country report No.98/8)(Washington, D. C., 1998), p.30; M. Sagers,
"Gold Production in Central Asia," Post-Soviet Geography and Economics 39:3 (1998), pp.143-144.
例えば1991年を基準(100)とした97年のキルギスタン、カザフスタン、ウズベキスタンの国内総生産はそれぞれ65、71、87であり、総工業生産は同様に53、51、111であった(Межгосударственный ста-тистический комитет Содружества Независимых Государств
(CISSTAT). Содружество Независимых (CISSTAT).
Государств в 1997 году. Москва, 1998. C.21, 29)。
ADB, Economic Review and Bank Operations: Kyrgyz Republic (EBO: KGZ 95013) (1995), p.2.
アカエフ『キルギスタン共和国の社会・経済発展戦略と当面の対策』7頁。なおアカエフ政権樹立前後の時期を通じた保守派、穏健派、並びに急進派三極による改革論争については、R. Abazov,
"Policy of Economic Transition in Kyrgyzstan," Central Asian Survey 18:2 (1999), pp.202-203を参照のこと。
Inside Central Asia (BBC Monitoring: London), No.4, p.1.
アカエフ『キルギスタン共和国の社会・経済発展戦略と当面の対策』1、45頁。なお、連邦政府の交付金は共和国財政歳入の約30〜35%に達していた(田中哲二「中央アジアの親日国キルギス共和国:独立後の経済困難と課題」『ユーラシア研究』7月号(第12号)、1996年、34頁)。この他同国は、共和国間取引を通じて、例えば1988年にGDPの15.28%に相当する資本移転を得ており、また M. Dabrowski and others,
"Economic reform in Kyrgyzstan," Communist Economies & Economic Transformation 7:3 (1995), p.271ではその約半分が価格補助金であったと推定されている。
金田『体制と人間』154頁; ADB, Economic Review and Bank Operations, p.19.
Dabrowski and others, "Economic Reform in Kyrgyzstan," p.283; ADB, Country Economic Review, p.12; EBRD, Transition Report 1997, p.180; Sk.,1991.12.6, 1995.2.29-3.1.
A. Alyshbaeva, Economic Reform in Central Asia: A Case of Kyrgyzstan (The Center for Interdisciplinary Research of Tohoku University, Central Asian Studies Series 3, Research Report on
"A comprehensive study of social change in Central Asia," 1997), p.27.
税制及び会計制度に係わる問題点については S. Horton and T. Kenenbaev,
"Kyrgyzstan Struggles to Modernize Its Tax Law," Central Asia Monitor 2 (1997), pp.27-29 が詳しい。
Ермакович В., Панькув Ю. Приватизатия в Кыргызстане.
CASE research foundation, Warsaw, 1994. C.3-4.
アカエフ『キルギスタン共和国の社会・経済発展戦略と当面の対策』25頁; Abazov,
"Policy of Economic Transition in Kyrgyzstan," p.210. 例えば、1994年の私有化調査の結果、国家資産を安価で買占め、個人的目的のために資産フォンドを利用した事実を露見されたジャラルアバド州のマイリ・サイ地区長が、同年10月にジュマグロフ首相によって直接解任されている(Inside Central Asia, No.40, p.3)。
事実、オークションを介して私有化された企業は1992-93年において、全体の約6.4%(286社)に過ぎなかった( IMF, Kyrgyz Republic: Recent Economic Developments (1998), p.101 に基づく筆者の算定)。また企業従業員のみが部内情報を通じて自社株式オークションを組織し、一般市民を意図的に排除するという弊害も指摘されており(Dabrowski and others,
"Economic Reform in Kyrgyzstan," p.288)、かかるインサイダー的行動も、「特別支払手段」の活用範囲を制限する原因になったと考えられる。
Национальный статистический комитет Кыргызской Республики. Кыргызстан в цифрах 1996: Краткий
статистический справочник. Бишкек, 1997. C.158-159.労働雇用を伴わない個人企業や農家、農場経営体の比重は1996年1月1日現在で約68%を占めた(Alyshbaeva, Economic Reform in Central Asia, p.64)。なお、新たに設立された合弁企業の多くが、法律上の優遇措置を利用した税金逃れのために設立されていると指摘されるなど(Sk.,1995.12.01)、企業設立に関する問題が多数指摘されており、統計上の比重が必ずしも企業形態の実態的勢力図を反映していない可能性がある。
CISSTAT. Содружество Независимых Государств в 1997 году. C.346.
World Bank and OECD, Between State and Market: Mass Privatization in Transition Economies (Washington, D. C., 1997), p.211. この点に関連してEBRDは、特別投資フォンドのクーポン糾合率が20%を下回った事実を以って、投資フォンド制導入による株式市場形成の促進効果は小かったものとの否定的見解を示している(EBRD, Transition Report 1997, p.179)。
マイクロデータの出所は、Бизнес-Карта: Кыргызстан, Таджикистан, Туркменистан : Промышленность
Т. 29. Москва: АДИ “Бизнес-Карта”, 1992; 1994; 1997.
である。ここではマイクロデータの詳細に関する説明は紙幅の都合から割愛する。詳しくは、I. Iwasaki,
"Industrial Structure and Regional Development in Central Asia: A Microdata Analysis on Spatial Allocation of Industry," Central Asian Survey 19:1 (2000) (forthcoming) を参照。なお標本集団による工業部門のカバレッジは、工業従事者数に関するマクロ経済統計(CISSTAT.
Содружество Независимых Государств в 1997 году. C.330)との比較において、1992年については約58%、1994年については約62%、1996年については約52%と推定された。また原データは分析期間に該当しないデータを若干含んでいるが、それらはデータベースを作成する過程で適宜除外した。
以下の整理は、ADB, Kyrgyz Republic: Country Operational Strategy, p.11; World Bank and OECD, Between State and Market, p.210 等によるものである。
例えば、1996年上半期中に国家統計委員会が国内法人約3000社の財務状況を調査した結果、その49%が赤字経営に陥っていたことが明らかとなった(1996.11.29日付
Независимая газета )。
なお政府の最も重要な企業再建策として注目されるのは、1994年5月に設置された企業改革・精算庁(ERRA : Enterprise Reform and Resolution Agency)を実施機関とし、翌94年に世銀が供与した6千万ドルの特別融資(PESAC : Privatization and Enterprise Sector Adjustment Credit)を原資とする大工業企業の再建・整理計画である。同計画には赤字企業ないし非効率な生産ラインの操業停止、従業員のレイオフ、資材や設備購入の新規購入禁止等の臨時措置を踏まえ、@企業債務構造の分析、A黒字部門の独立と赤字部門の整理・売却、B支店の統廃合、C社会インフラの地方行政府への移管等を行うスキームが盛り込まれている。94年当初再建対象となった大企業29社の内、97年半ばの時点で、14社が売却され、5社が解散、4社が自主的経営再建を行うなどして計画から途中離脱している(金田『体制と人間』181頁; IMF, Kyrgyz Republic: Recent Economic Developments (1998), p.34; Абдынасыров У. Экономические реформы вКыргызской Республике : Нынешний этап и очередные задачи. Международный институт стратегиче-ских исследований при президенте Кыргызской Республики, mimeo. Бишкек, 1995. C.40))。但し、同計画に基づく経営再建策が講じられたオシ綿花生産合同に関する現地調査によれば、政府の支援により借入金の金利免除やロシア製織機の新規導入等が行われた後も、衣料用綿糸として国際的に需要性のある細番手のコーマ糸ではなく、旧来の主力製品である太番手のカード糸が生産され続ける等、政府主導の再建策が、必ずしも対象企業の市場競争力の改善に結実していないとの指摘もある(東勇次郎「キルギス共和国経済の問題点と国際協力」『ロシア・東欧学会年報』24号、1995年、89-90頁)。
Козаржевский П. Приватизатия промышленных предприятий в Кыргызской Республике. Центр социа-льно-экономических исследований (CASE). Бишкек - Варшава, 1997. C.6-13.
同調査は、ポーランドの研究機関CASEとキルギス政府との共同研究プロジェクトの一環として実施されたもので、国家資産フォンドが管理する企業の財務諸表や、国家統計委員会の一次資料を駆使しており、本稿で引用するデータの信頼性もかなり高いものと思われる。
なおキルギス政府は、ロシア政府と共にキルギス国内の軍産複合体とロシア資本とを結合した金融・産業グループ(FIG)を1994年前半に設立するなどFIGの形成に力を注いだが、経済危機の長期化などのためにCIS資本の進出ははかばかしくなく、FIGは国内企業グループの趨勢を一変するほどには発展しなかったと見られる(I. Iwasaki, The Initial Phase of Transition of Russo-Central Asian Economic Relations: An Institutional Approach (Tokyo: Islamic Area Studies Working Paper Series No.11, 1999), p.21; Sk.,1996.5.16-17)。
ADB, Country Economic Review, p.17; 1995年7月12日付「軽・食品工業企業の安定的操業の確保に関する大統領令」; IMF, Kyrgyz Republic: Recent Economic Developments (1998), p.36;
Козаржевский. Приватизатияпромышленных предприятий в Кыргызской Республике. C.43.
即ち、1997年の総工業生産の著しい拡大は、国内生産の約92.5%に相当する16.1トンの金を採掘した「クムトルゴールド」社と、同開発事業の国内出資者である「クルグズアルトゥン」両社の経常利益が大幅な増収増益へ転じたことに依るものである。なお、1995年にGDPの約10%に相当する15500万ドルの資金がクムトル金鉱開発事業に投下されたが、その内2500万ドルが、関連施設や関連インフラの建設に投下され、国内の建設資材業者が大いに潤ったとされている(Sagers,
"Gold Production in Central Asia," p.144; ADB, Country Economic Review, p.3)。
なお当該期間における工業生産動向の詳しい分析は、 Iwasaki, The Initial Phase of Transition of Russo-Central Asian Economic Relationsで行っている。
CISSTAT. Содружество Независимых Государств в 1997 году. C.330.
A. Akayev, On State Economic Policy in 1998 (Bishkek: Uchkun, 1997), p.11. 但し、標本集団の固定資本額は帳簿価格をベースとするものであり、税金逃れのために固定資産を低く評価する等の人為的操作による下方バイアスの可能性は否定できない。
なお、個別分析の対象となった工業企業の部門及び規模別構成は次の通りである。部門構成:機械・金属加工部門17.8%、建設資材部門14,1%、軽工業部門15.2%、食品工業部門35.4%、その他(燃料・エネルギー、冶金、化学・石油化学、木材・製紙部門)17.5%。規模別構成:従業員数100名以下の企業35.8%、101-300名の企業32.3%、301名以上の企業31.9%(Козаржевский. Приватизатия промышленных предприятийв Кыргызской Республике. C.14.)。
以上は、主にКозаржевский. Приватизатия промышленных предприятий в Кыргызской Республикеの第3節及び結論部分に依拠した筆者自身の整理である。
なお,これら以外の諸規定や政策方針等については、Ермакович, Панькув. Приватизатия в Кыргызстане; Dabrowski and others,"Economic Reform in Kyrgyzstan"; 金田『体制と人間』に依拠した。また制度内容の記述法については西村「ロシアにおける私有化政策」153-155頁を参考とした。
しかし、かかる改善措置は十分に機能しなかったと見られる。例えば、1997年半ばに大統領が設置した特別委員会が企業私有化手続に関する会計検査を6ヶ月に渡って実施した結果、工業企業の約10%が本来の資産価値より安価に売却され、国家は2500万ソムの損失を被ったことが明らかとなっている(Inside Central Asia, No.201, p.3)。