ロシアの環境白書にみる環境問題

吉田弘美(ロシア科学アカデミー東洋学研究所)
はじめに

 ロシアでの「環境の危機」の理解―「ない」から「ある」へ

 1970年中期・・・資本主義経済体制をとる国々の問題、自国には環境問題は「ない」
 1980年中期以降・・・環境問題は社会と自然の相互関係において生ずる現象であり、資本主義固有の現象ではなく、科学技術発展の過程においてすべての国に生ずるものである
 ソ連時代、環境問題が深刻化した原因―中央集権的官僚主義に基づいた国民経済の管理システム
1)経済の中心が、素材供給型産業、軍需産業に向けられていた。
2)産業投資が、工場の拡大・新設に向けられ、技術革新がおろそかであった。
3)国家が自然資源を独占・管理・法律の制定・遵守を行っていたため、基準は厳しかったが、守られていなかった。

<目的>
 1989年以降、政府刊行物として発行されている「環境白書」(年間)をもとに、大気汚染を例に取り連邦崩壊後のロシアの環境の現況を把握すること。

1、ロシアの「環境白書」の特徴(97年版)

 発行期間―ロシア連邦環境保護委員会(1996年、省から格下げされ委員会となる*政治的理由?)  内容―4章構成。(第1章環境の質と自然資源の状態、第2 章経済部門の環境への影響、第3章地域別環境の現況、第 4章自然利用と環境保護の国家規則)毎年、内容が充実してきている。
 多くの省庁、組織、専門家の協力のもとに制作され、環境の状況を総合的に提供している。統計資料が豊富で、多角的で詳細な年次報告書となっている。現在でも、この報告書が最も信頼の置ける資料として活用されている。

2、大気汚染にみるロシアの環境の現状

1)大気汚染物質の総排出量にみる大気汚染の現状

 大気汚染物質の総排出量(1991年〜1996年)―減少している(表1参照)

 1991年〜1994年―前年度比約12%減
 1995年、1996年―前年度比約4〜5%減

 ロシア全地域での大気汚染物質の総排出量(1996年)―2030万トン(4.3%減)
 産業からの汚染排出総量(1996年)―約1670万トン(8.2%減)
 大気汚染は移出量の多い産業部門―電気エネルギー部門(28.5%)
                 非鉄業(21.6%)、製鉄業(15.2%)

2)大気汚染物質の濃度にみる大気汚染の現状

<1992年から1996年>
 塵、二酸化硫黄濃度の年平均値―11〜13%減
 ベンザピレン―39%減
 炭化水素、一酸化窒素、二酸化窒素―3〜8%増加(都市における、自動車台数の増加)

<大気汚染物質の減少の理由・大気汚染の現状>
 ロシア全体での大気への総汚染物質の減少は、国家、また民間の環境保護への努力によるものではなく工業生産の低下によっている。
 GDPの成長率、工業生産高、また産業への投資高の大幅ダウン
 環境保全投資―6兆4036億ルーブル(1995年)、GDPの0.5%、前年度比マイナス2.8%(実質)
 工業生産の大幅な減少ほど、大気汚染物質の総量は低下していない。このように、大気汚染物質個々の濃度でみたとき、大きく水準を上回る地域は、人口が密集している工業都市であり、大気汚染問題は依然として深刻な問題。

3、まとめ

 大気汚染を減少させるためには、汚染物質を排出する産業の活動を停止させるのが最も効果がある事を実証した。
 しかし、環境に負荷の少ない社会を形成するためには、産業構造の高度化を計る必要がある。 1995年の産業別就業人口の割合をみると、ロシアの第2次産業の割合が35.4%、日本は32.9 %であった。この数字は、日本の1970年代の数字に匹敵する。さらに、ロシアは、第2 次産業のうち、重工業の占める割合が87.2%である。この数字は、1989 年と比較すると5.8%も増加している。
 また、ロシアでは80年代半ばに市民運動の動きが活発化したが、現在は下火になっている。環境改善をはかるためには、市民運動の働きかけも不可欠である。


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