ガーリン:Галин
ユーリー、В.
生年月日 1953.01.01
性別
国籍 ロシア人
学歴 中/高卒
考察 70年から73年ソ連軍勤務。74年クラスノダルスク地区マイコープ市音楽学校を卒業。76年ハバロフスクソビエト商業技術学校を卒業。76年から80年ハバロフスク地区執行委員会商業局技術者。80年から81年地区漁船需要組合副組合長。81年からソビエト共産党ハバロフスク市委員会商業財政組織局指導員。88年ハバロフスク市卸施設長。90年から92年外国経済協会「極東」の第1副会長。92年から生産商業会社総裁。現在はハバロフスク地方行政商業及び供給局長。


ガイシン:Гайсин
マリク、Ф.
生年月日 1959.02.26
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 株式会社「中部ウラル」社長。95年12月国家会議代議員選挙で、スヴェルドロフスク州カメンスク・ウラリスキー選挙区から当選。院内会派は無会派。第2期国家会議予算・税金・銀行・財政委員会メンバー。


ガイダシュ:Гайдаш
マリヤ、И.
生年月日 1948.06.21
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 地区行政長官から、94年2月再選挙で国家会議代議員に当選。教師、地区行政副長官として働く。「ロシアの女性」会派のメンバー。国家会議女性・家族・青年問題委員会委員。


ガイダル:Гайдар
エゴール、Т.
生年月日 1956.03.19
性別
国籍 ロシア人
学歴 博士
考察 移行期経済問題研究所所長。祖父は内戦時代「赤いコミサルール」して情け容赦ない弾圧ぶりで恐れられ、後に人気児童作家になったアルカジー・ガイダル(ゴリコフ)。父親はジャーナリストで作家でもあった海軍将官チムール・ガイダル。母方の祖父は作家パーヴェル・バジョフ。妻と子供3人。モスクワ国立大学経済学部卒業。同大学の大学院での指導教官はアカデミー会員スタニスラフ・シャターリン。80年から研究機関で研究活動。87〜90年雑誌「コムニスト」や新聞「プラウダ」で編集活動。90年、自らのイニシアチブで創設された移行期経済問題研究所長就任。同年8月のクーデター事件の際、研究所スタッフを連れて最高会議ビルの防衛に参加。同年9月、経済改革案作成のため国家評議会の下に設置された経済学者の作業グループを率い、同年11月、改革案がエリツィンに支持されて経済政策担当のロシア副首相に任命され、92年1月価格自由化を断行。91年11月〜92年3月経済政策担当副首相兼経済財務相、92年2月〜4月ロシア連邦経済相、92年3月〜12月第1副首相(経済改革担当)。92年6月〜92年12月首相代行を努めるが、12月首相への昇格をロシア最高会議によって拒否されて政府を去る(最高会議は首相にチェルノムイルジンを選ぶ)。92年10月より政府クレジット政策問題委員会メンバー。92年12月から大統領顧問(経済政策問題担当)兼移行期経済問題研究所長。93年9月第1副首相(経済相兼任)。同年10月3〜4日のルツコイ、ハズブラートフらの反乱ではエリツィンを積極的に支持。93年12月の選挙で国家会議代議員に選出される。94年1月20日第1副首相職解任。94年10月政党「ロシアの民主的選択」結成。95年12月の第2期下院選挙に選挙連合「ロシアの民主的選択=民主主義者連合」を率いて臨んだが、全国比例区得票率は3.86%にとどまった。96年1月22日、大統領評議会メンバー辞任。同年11月、安全保障評議会副書記(経済政策担当)に就任。


カイドィシェフ:Кайдышев
ユーリー、В.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 95年6月、サハ共和国首相に就任(97年1月現在在職確認されず)。


ガイドゥコフ:Гайдуков
ウラジーミル、И.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 97年8月、ブリャンスク州における大統領代理人に任命される。


カウリバルス:Каульбарс
アレクセイ、А.
生年月日 1964.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 98年3月、税関国家委員会副議長に就任。


ガヴリロフ:Гаврилов
エドゥアルド、П.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 92年6月5日、大統領直属ロシア知的財産機関副理事長に就任。


ガヴリロフ:Гаврилов
И
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 90年7月〜91年11月、ロシア副首相兼環境自然利用国家委員会議長。91年7月からは環境自然利用相。


ガヴレンコワ:Гавренкова
ジナイーダ、П.
生年月日 1946.01.01
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 65年極東畜産技術学校卒業。74年ハバロフスク党高等学校卒業。82年通信教育で極東国立大学法学部卒業。65年から沿海地方ウッスリースク地区のソフホーズおよび同地区の党raikomで働く。77年からサハリンに引っ越し、ホルムスク市執行委員会監査官として、その後、農業労働者組合のホルムスクraikom書記として働く。82〜85年ホルムスク市裁判所人民裁判官。85年から沿海地方執行委員会法務部先任相談員として働く。88年試験を受けて沿海地方ナデージン地区裁判所裁判官の職につく。同年この裁判所の議長となる。


カウロフ:Кауров
ヴィタリー
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 連邦価格政策委員会副議長をつとめる。同委員会は、94年1月10日付大統領令(第66号)により、経済省に職務を移管。


ガエボイ:Гаебой
セルゲイ、Д.
生年月日 1958.01.01
性別
国籍 不明
学歴 大学卒
考察 弁護士。沿海州弁護士会ポジャルスク地区法律コンサルタント。97年12月7日に実施された沿海地方議会代議員選挙に立候補し、当選。


ガエル:Гаер
エブドキア、А.
生年月日 1943.03.08
性別
国籍 その他
学歴 博士候補
考察 ハバロフスク国立教育大学卒業。国際生物情報科学アカデミー会員(90年)。ロシア自然科学アカデミー準会員(91年)。国際宗教学委員会委員。55年からザグス(生死・結婚・離婚などを登録する役所)地区事務局。62〜69年中学校の教師、教務課長、教頭として、69〜89年極東諸民族史・考古学・民俗誌学大学の大学院生、実験室助手、研究員として働く。84年修士論文の審査に合格。89年ソ連邦最高会議代議員に選出され、92年まで最高会議民族問題委員会副議長。92年3月から北部社会・経済発展国家委員会副議長をつとめる。同委員会は94年1月10日付大統領令(第66号)により、連邦・民族問題国家委員会と統合され、民族問題・地域政策省に改組される。93年12月選挙で選挙参加者の38%の票を集めて連邦会議代議員に当選。続く二人を大きく引き離したが、ナズドラチェンコより27%少なかった。94年10月より上院北方問題・少数民族問題委員会副議長。現在、国際バランスのとれた環境擁護国会議員組織のメンバー、少数民族・民族グループ国際連盟書記長。


カガロフスキー:Кагаловский
コンスタンチン、Г.
生年月日 1957.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 ロシア政府上級顧問。


ガグト:Гагут
ルイザ、Д.
生年月日 1949.09.28
性別
国籍 その他
学歴 博士候補
考察 93年12月国家会議代議員に当選。ロシア連邦通産省鉄鋼業経済研究所上級研究員として働く。ロシア自由民主党会派のメンバー。国家会議天然資源・自然利用委員会委員。


カザコフ:Казаков
ニコライ、П.
生年月日 1951.04.05
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 高卒後、集団農場で労働者として働く。69〜71年軍役につく。後に大学に進み、集団農場に戻る。78〜82年学校で教鞭をとり、82〜87年raikomなどの党機関や、地方執行委員会の教育部長などの国家行政に携わる。87年以降専門学校教師を経て、ロシア最高会議常勤となる。90年地方代議員に選出される。92年4月、第6回人民代議員大会で共和国会議メンバーに選出される。


カザコフ:Казаков
アレクサンドル、И.
生年月日 1948.05.24
性別
国籍 不明
学歴 博士
考察 モスクワ生まれ。妻と娘2人。71年、オルジョニキッゼ(名称)モスクワ経済工科大学卒。経済学博士。ドイツ語に堪能。73〜76年、ソ連国家計画委員会(ゴスプラン)生産力研究評議会勤務。76〜84年、モスクワのチェリョームシキ地区で党活動に従事。84〜88年、ソ連国家科学技術委員会科学技術進歩経済組織局次長。88〜92年、同委員会副部長。92年、国有財産管理国家委員会地域委員会活動組織総局長に任命。93年9月より国有財産管理国家委員会副議長。94年6月22日、大統領府地域対策局長に就任。96年1月25日より国有財産管理国家委員会(連邦省と同等の地位)議長兼ロシア連邦副首相。有価証券市場の問題も担当。同年7月19日、副首相・国有財産管理国家委員会議長から解任され、同日大統領府第1副長官に任命される。97年11月14日、他の役職に転出のため同職解任。同氏は、チュバイスを含む歴代国有財産管理国家委員会議長ら6人と「ロシア民営化の歴史」と題する本の共同執筆者として9万ドルの報酬を受け取ったとされるため、この疑惑に関連した人事とみられる。このことはチェルノムイルジン首相も指摘している。同氏は解任後も「ガスプロム」会長(企業長会議議長)のポストにはとどまる。


カザコフツェフ:Казаковцев
ウラジーミル、А.
生年月日 1950.01.07
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 株式会社「キーロフ・アグロテス」支配人。95年12月第2期国家会議代議員選挙に比例区から当選。ロシア連邦共産党会派所属。党中央委員会メンバー。第2期国家会議健康保護委員会委員。


カサトキン:Касаткин
ヴィタリー、В.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 98年1月、国有財産省次官に就任。


カザロフ:Казаров
オレグ、В.
生年月日 1937.05.05
性別
国籍 ロシア人
学歴 博士候補
考察 労働者として鉄道に勤務した後、技術者となる。63年より党員。コムソモールgorkom、gorkomで要職をつとめ、72〜75年党中央委員会社会科学アカデミーで学ぶ。obkomの幹部職を経て、大学長になる。90年地方執行委員会議長に選出される。90年3月18日よりロシア連邦人民代議員大会代議員。同年5月、第1回人民代議員大会で共和国会議メンバーに選出される。91年8月の政変で曖昧な態度をとったため、臨時委員会を支持したと非難され、ロシア大統領令により解任されるが、事態が明らかになるまで処分保留となる。地方代議員、党機関の幹部職経験をもつ。95年12月第2期国家会議代議員選挙でウリヤノフスク州ウリヤノフスク選挙区から当選。議員グループ「人民に権力を」所属。第2期国家会議予算・税金・銀行・財政委員会委員。ロシア貯蓄銀行ウリヤノフスク支店長。


カザンツェフ:Казанцев
エヴゲニー、Д.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 運輸省次官を努める。


カジエフ:Казиев
タメルラン、В.
生年月日 1949.03.26
性別
国籍 オセット人
学歴 大学卒
考察 91年8月まで党員。大卒後、集団農場に勤務、後に集団農場議長になる。92年12月、第7回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。


ガジズリン:Газизуллин
ファリト、Р.
生年月日 1946.09.20
性別
国籍 不明
学歴 博士
考察 タタールスタン共和国ゼレノドリスク市出身。妻と息子1人。73年水運技術大学卒業後2年間、分解工として働き、その後20年間タタール自治共和国党・ソビエト組織及び同共和国政府に勤務。87〜89年、同共和国閣僚会議部長、89〜95年、タタールスタン共和国国家計画委員会第1副議長、工業政策・国有財産管理委員会議長を経て、96年6月、ロシア国有財産管理委員会第1副議長就任。97年10月、同委員会の省格上げ後は国有財産省第1次官となる。97年11月18日、大臣代行に就任。同年12月、正式に国有財産相に任命される。98年3月チェルノムイルジン内閣が総辞職した際同省大臣代行を4週間ほどつとめたが98年4月30日付で国有財産相に再任。同年5月より政府幹部会メンバー。同年6月、「ガスプロム」の年次株主総会で同社理事会議長に選出。同年8月の内閣総辞職で国有財産相代行になるが、同年9月28日付同職再任。


カシピロフスキー:Кашпировский
アナトリー、М.
生年月日 1939.08.11
性別
国籍 ロシア人
学歴 博士候補
考察 93年12月選挙で国家会議代議員に当選。「カシピロフスキー現象研究財団」総裁として働く。ロシア自由民主党会派のメンバー。国家会議社会団体・宗教組織問題委員会委員。


カジミン:Казьмин
グリゴリー、Т.
生年月日 1916.01.01
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 ミチュリンスク技術学校と野菜・果実栽培大学を卒業。農業専門家の資格を持つ。37年から極東農業科学研究所で働く。ここで、連続して役職に就く。下級研究員、上級研究員、副科学総裁。61年から化学産業合同「アムール」支配人。カズミンは極東で最も権威のある品種改良家の一人である。多数の著作、論文を書いている。現在は、極東農業科学産業研究所の名誉支配人、ハバロフスク名誉市民、ロシア農業化学アカデミー会員。政治的意見は共産主義。


カシヤノフ:Касьянов
ミハイル、М.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 95年11月、財務省次官に就任。


カジラーエフ:Кажлаев
ムラド、М.
生年月日 1931.01.15
性別
国籍 その他
学歴 大学卒
考察 93年12月選挙で国家会議代議員に当選。作曲家、ソ連邦人民芸能家、ロシア国立テレビ・ラジオオーケストラ芸術指導員として働く。ロシア統一・合意党会派のメンバー。国家会議教育・文化・科学委員会委員。


カスィモフ:Касымов
ラヴィリ、А.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 94年7月までリペツク州におけるロシア大統領代理人をつとめる。


ガゼーエフ:Газеев
エヴゲニー、И.
生年月日 1950.01.17
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 株式会社「電気整流器」職工長。95年12月第2期国家会議代議員選挙で比例区から当選。ロシア連邦共産党会派所属。第2期国家会議社会団体・宗教組織問題委員会委員。


カタナンドフ:Катанандов
セルゲイ、Л.
生年月日 1955.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 1990年よりペトロザヴォツク市長をつとめる。98年5月17日実施(第1回投票は同年4月26日に実施されたが成立せず)のカレリア共和国首相選挙で6%の僅差で勝利。


カタリニコフ:Катальников
ウラジーミル、Д.
生年月日 1951.07.20
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 ロシア石炭産業独立労組ロストフ地域委員会議長。95年12月国家会議代議員選挙で、ロストフ州シャフトィ選挙区から当選。議員グループ「ロシアの地域」(独立議員)所属。第2期国家会議工業・建設・運輸・エネルギー委員会委員。代議員資格審査委員会委員。


カダンニコフ:Каданников
ウラジーミル、В.
生年月日 1941.09.03
性別
国籍 不明
学歴 大学卒
考察 ニージニーノヴゴロド(旧ゴーリキー)生まれ。父親は43年に戦死。ゴーリキー工科大学夜間部卒業。57〜67年ゴーリキー自動車工場で組立工見習、プレス職場職長、プレス職場長代理。67〜86年トリヤッチ市のヴォルガ自動車工場でプレス職場長代理、イタリア派遣ソ連技術代表団長(トリノのフィアット自動車工場に4年間滞在)、ヴォルガ自動車工場プレス工場長代理、次いで工場長。86〜88年生産合同「AvtoVAZ」(ヴォルガ自動車工場)総支配人第1代理・科学技術センター所長。88年からヴォルガ自動車工業社長。89〜92年1月ソ連人民代議員。92年11月25日、政府付属産業政策評議会議長に就任。93年2月から大統領評議会メンバー。96年1月25日、チュバイスの担当分野を引き継ぎ、経済・予算・金融担当第1副首相に就任(同年8月、他の職務に転出のため同職解任)。燃料と電力の料金の調整に当たる連邦エネルギー委員会も率いる。同年2月、チュバイスの後任として国際金融・経済機関及びG7との協力を担当するロシア連邦省庁間委員会議長に就任(96年9月20日解任)。イタリア語に堪能。旧ソ連時代に贈られた「社会主義労働英雄」の称号を持つ。妻と娘2人。連邦エネルギー委員会は、96年8月15日付大統領令「ロシア連邦行政機関の機構改革に関する大統領令」により、連邦エネルギー局に再編される。97年6月時点で連邦エネルギー委員会として存在確認。


カチモフ:Качимов
ヴィクトル、И.
生年月日
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 16才から、工場「ダリディーゼル」で労働者として働き始める。ハバロフスク工業大学夜間部を通信教育で卒業。ソヴィエト軍勤務の後、オルジョニキッゼ(名称)製油工場で働く。75年工場の労働組合議長に選出。後に工場党委員会書記。79年共産党地方委員会の幹部。現在はハバロフスク地方労働組合連合議長。政治的意見は中道主義。「今日、労働組合をメンバーの利益の保護者として自己肯定するプロセスは始まっている、と言うことができる。この先にまだ困難な強度試験があるが、私は、労働組合が過去にも、現在にも、そして未来にも存在することを信じている。」


カチャノフ:Качанов
オレグ、Ю.
生年月日 1959.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 国有財産管理国家委員会副議長をつとめる。同国家委員会は、97年10月、国有財産省に改組される。


カデレンコ:Каделенко
ヴィクトル、В.
生年月日 1946.01.01
性別
国籍 ウクライナ人
学歴 大学卒
考察 69年ハバロフスク工業大学を卒業。69年から71年コムソモリスク-ナ-アムーレ市N308トラスト、トランススペツストロイの建設局班長、作業監督をつとめる。71年から73年ソヴィエト軍勤務。73年から75年УМР主任技師。75年から86年人民代議員アムール市ソヴィエト執行委員会副議長、第1副議長として働く。86年から88年N854トラストトランススペツストロイ建設局副局長、局長。88年から94年УМР主任技師。94年アムルスク市及びアムール地区第1行政副長官。96年4月からアムルスク市行政長官代理。


カトゥリスキー:Катульский
エヴゲニー、Д.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 労働省次官を経て、96年9月より労働・社会発展省第1次官をつとめる。98年7月10日、同職解任。


カトレンコ:Катренко
ウラジーミル、С.
生年月日 1956.11.11
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 93年12月選挙で国家会議代議員に選出される。小選挙区から選出される。株式会社総支配人として働く。国家会議経済政策委員会委員。


カナーエフ:Канаев
レオニード、М.
生年月日 1947.11.05
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 株式会社「SAM」副社長。95年12月国家会議代議員選挙で、選挙団体「ロシア連邦共産党」の推薦を受け、リャザン州リャザン選挙区から当選。ロシア連邦共産党会派所属。第2期国家会議財産・民営化・経済活動委員会メンバー。


ガネーエフ:Ганеев
ムラヌル、Ф.
生年月日 1951.12.21
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 ナベレヌイエ・チェルヌイ教育大学教授。95年12月第2期国家会議代議員選挙で比例区から当選。ロシア連邦共産党会派所属。第2期国家会議財産・民営化・経済活動委員会委員。92年から96年の民営化の結果分析委員会議長。


カバコフ:Кабаков
エヴゲニー、В.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 プスコフ州行政副長官をつとめる。


カバツュラ:Кабацюра
ワレンチン、М.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 国家記念物保護管理機関長官をつとめる。


ガビドゥーリン:Габидуллин
リナト、Г.
生年月日 1942.08.19
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 新聞「夕刊ウファ」編集局副編集長。95年12月第2期国家会議代議員選挙で比例区から当選。情報政策・通信委員会副議長。ロシア連邦共産党中央委員会メンバー候補。


ガブーニヤ:Габуния
ゲオルギー、В.
生年月日 1952.09.06
性別
国籍 不明
学歴 大学卒
考察 モスクワ市出身。74年モスクワ国立国際関係大学卒。74〜82年、ソ連外国貿易省全連邦景気研究所研究員、82〜90年、ジュネーブの国連貿易開発会議(UNCTAD)事務局勤務、90〜91年、ソ連外務省国際経済関係局顧問、91〜92年、ロシア共和国対外経済関係省多国間経済協力・技術援助調整局長、92〜97年、連邦対外経済関係省次官をつとめる。同省は97年3月15日付大統領令によって対外経済関係・貿易省に再編される。同年4月8日付首相命令でロシア連邦と諸外国間の貿易・経済及び科学・技術協力における政府間委員会ロシア側議長(コロンビア、タンザニア、エチオピア担当)に任命される。同年5月、対外経済関係・貿易省第1次官就任。同年8月13日、同職解任。98年5月8日付で新設の産業・貿易相代行に任命(同年7月解任)。同省は、同年9月22日付大統領令第1142号により廃止。同年9月25日付で、同月22日に新設された貿易相に任命。


カプスチン:Капустин
アナトリー、В.
生年月日 1939.01.10
性別
国籍 ベラルーシ人
学歴 大学卒
考察 93年12月選挙で国家会議代議員に当選。失業保護基金理事長として働く。ロシア自由民主党会派のメンバー。国家会議工業・建設・運輸・エネルギー委員会委員。


ガペーエフ:Гапеев
ヴィクトル、С.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 92年3月10日、大統領警護総局第1副総局長補佐官に就任。


ガボエフ:Габоев
ウラジーミル、Н.
生年月日 1943.01.04
性別
国籍 オセット人
学歴 大学卒
考察 93年12月選挙で国家会議代議員に当選。小選挙区から選出される。医者、クラスノゴルスク市ソヴィエト常任監査委員会議長として働く。「ヤブリンスキー連合」会派のメンバー。国家会議安全保障委員会委員。国家会議代議員資格審査委員会委員。


ガミドフ:Гамидов
ガミド、М.
生年月日 1954.06.06
性別
国籍 その他
学歴 博士候補
考察 93年12月選挙で第1期国家会議代議員に当選。小選挙区から選出される。ロシア連邦貯蓄銀行ダゲスタン共和国支店長として働く。「新地域政策」グループのメンバー。第1期及び第2期国家会議予算・税金・銀行・財政委員会委員。95年12月ダゲスタン共和国マハチカラ選挙区より第2期国家会議代議員に当選。第2期議員グループ「ロシアの地域」(独立議員)所属。ダゲスタン共和国財務大臣。96年8月20日、モスクワ市内で爆弾テロにあい、爆死。


カミンスキー:Каминский
П、Л.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 92年5月25日、ロシア連邦年金基金副総裁に就任。同年5月より住民社会保護省次官をつとめる。


カムィシンスキー:Камышинский
ニコライ、А.
生年月日 1950.01.02
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 76年ノヴォシビルスク鉄道運輸技術者大学を卒業。辞令によりトラスト「ダリトランスストロイ」の建設組立列車・400の主任機械技師としてハバロフスク地方に来る。79年から党の仕事に就く。指導員、共産党コムソモールraikomの工業、運輸部長。87年コムソモール地区執行委員会議長に選出、91年からコムソモール地区行政長官に任命。94年3月ハバロフスク地方議会の選挙に参加、当選。政治的意見では共産主義者。95年12月第2期国家会議代議員選挙で、選挙団体「ロシア連邦共産党」の推薦を受け、ハバロフスク地方コムソモリスク・ナ・アムーレ選挙区から当選。96年1月16日よりロシア連邦共産党会派所属。その以前は「人民に権力を」会派所属。第2期国家会議予算・税金・銀行・財政委員会メンバー。


ガムザ:Гамза
ゲンナディー、Е.
生年月日 1944.03.11
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 修理建設企業「アヴローラ」支配人。党中央委員会幹部会メンバー。95年12月第2期国家会議代議員選挙で比例区から当選。ロシア連邦共産党会派所属。第2期国家会議国際問題委員会メンバー。