[全般的印象]EACESは「東欧革命」ユーフォリアのなかで設立されたわけだが、ピークはフローニンゲン大会のあたりで、第4回目のグルノーブルではすでに活気が低下しつつあったように記憶する。これはなにも経済だけでなく、旧ソ連・東欧研究関連の他の国際学会でも言えることで、1990年代半ばが「底」、それから回復に転じているもののまだ「新生面」が開かれたとは言えないようだ。今回はおよそ150人の参加者があったものの、会長のCsabaが努力したらしいハンガリーを除くと、東欧からの参加者は余り多くはなかった。パネルやセッションのリストに名前が挙がりながら姿を現さなかったものも、少なくなかった。その理由はいろいろあるが、(1)何と言っても地理的な遠さからバルセロナは不利なこと、(2)これは当然、旅費負担の問題と関係があり、90年代初めの「熱っぽい」時期には多くの団体から寄付金が容易に得られたが、それ以後は困難となった。現在、旅費支援はロシア・CIS・バルカン諸国に限られているはずである。(3)国際学会での発表は旧ソ連・東欧の研究者にとって内外でのキャリア・アップおよびポスト獲得の良い機会であったが、10年の歳月の間にかなり多くの人が海外の大学・研究機関、IMF、世銀、EBRD、OECD、UN/ECEその他にポストを得るか、国内でもキャリア・アップに成功したし、国会議員、閣僚となったものも少なくない。今回のバルセロナ大会で「元蔵相たちの個人的回顧」というパネル(!!)があったのは、それを良く表している。いくらか皮肉な言い方をすると、その限りで彼らにとっての「移行」「体制転換」は終了したわけで、国際学会で報告する必要が劇的に低下したのも当然である。
しかし、これは学問的前進が無かったと言うことでは全くない。細かい特定の分野の問題あるいは側面を扱った研究は、明らかに進んだと言うことが出来る。今回の大会のメイン・テーマは「グローバリゼーションと欧州統合」だったが、そのなかの主要テーマの一つ「海外直接投資」や移行経済における「中小企業論」については、明らかに木目の細かい議論があった。しかし、個別分野の研究を積み重ねれば「移行経済」の全体像が得られるわけでは必ずしもないから、「移行経済」という依然「ぬえ」のような経済体制を把握するには、やはり高度な政治経済学的アプローチが不可欠なように思われた。
[招待講演] バルセロナEACES大会での大きな目玉の一つはJanos
Kornai(ハンガリーのCollegium Budapest兼ハーヴァード大学教授)とGregory
Grossman(カリフォルニア大学バークレー校名誉教授)の招待講演だった。前者は"Ten
Years After?"と題して10年前の自分の議論を自己批判的に回顧、とくに体制転換不況の深さと長期性では見通しを誤ったことを率直に認めた。後者、まもなく80歳になる老Grossman教授は"Central
Planning and Transition in the American Desert: Latter-Day Saints in Present-Day
Sight"というタイトルで19世紀後半、アメリカのユタ州に存在したモルモン教徒の共同体と旧ソ連体制を比較、両者とも「内的」には安定したシステムだったが外的ショックで崩壊したという、ユニークな議論をしてわれわれに感銘を与えた。これは狭いエコノミストでなく「教養人」でなければ出来ない「知的な遊び」を含んだもので、アメリカでとくに"fade
away"しつつある教養人世代が残すメッセージを聞くような思いがした。
Janos Kornaiは中国から帰ってきたばかりで、何でも彼の"The
Socialist System"の中国語版が10万部以上も出たそうで、良い「心持ち」らしく講演の途中で「中国の所有制改革は私が唱導したStrategy
A (つまりGradual and organic development)
の道を行っていると思う」と語った。Strategy Bは彼が批判する"Rapid
by coupon scheme"で、彼は中国については以前、"partial
reforms"と批判的だったはずだが、今後は好意的な発言を期待して良さそうである。人間の「理論」というものが「心持ち」から全く中立でないことは私も永年の間に観察して来たところである。なお、彼の講演"Ten
Years After?"は世銀のホームページABCDE (Annual Bank Conference on
Development Economics) の2000年4月(http://wb.forumone.com/research/abcde/papers/index.f1ml)のところでダウンロードできるが、これは「移行10年」にかんする夥しいペーパーのうち、比較的客観的なものとして評価できると思う。
ポーランドの元副首相・蔵相のGrzegorz Kolodkoは学生時代から先般、副首相・蔵相の座を降りたL.
Balcerowicz (最近、中銀総裁に指名された)
のライバル、「天敵」だが会場では目立つ存在だった。彼の最近著、ショック療法を批判した"From
Shock to Therapy"はオクスフォード大出版局から出たが、その要旨はIMF
Working Papers 2000年度No.100"Globalization and Catching-Up: From
Recession to Growth in Transition Economies"(52頁)に見ることが出来る。なお、これまでEACESの名誉会員はKornaiとGrossmanの2人だったが、今回、Marie
Lavigne と Angus Madisonの2人が加わった。私は次回理事会でWlodimierz
Brus を候補に挙げるよう、プッシュしておいた。 [会議の組織]これは大きな問題ごとのパネルと、同時並行的に開催される分科会および招待講演の三つに分けて進行した。並行的分科会が多いことは多数の提出ペーパーを処理するためにはやむを得ないが、出席者が参加できる範囲が限られるという欠陥を伴う。おまけにLatin
MentalityプラスSpanish organizationが加わるから実際の運営が良いはずはないが、まことに"flexible"(組織委員長のBastidaバルセロナ大学教授の言葉)であった。気の毒だったのは秋葉まり子さんで、部屋も時間も変わったのを知らず、プログラム指定の部屋に一人でぽつねんとしていたのを私が「救出」した。 [わが国との関連]中・東欧先進グループでの市場経済化の進展に伴い、移行経済論が次第に「資本主義のモデル論」に収斂してきている折柄、西欧型混合経済の伝統を受け継ぐ西欧経済学者グループとの交流を密にする必要があろう。EACESはすでにアメリカのACESとは「相互乗り入れ」を実現しており、2001年1月、ニュー・オーリンズでのACES大会にもBruno
Dallagoらが"Comparative Economics Research: Pragmatism versus
Theory"というパネルを設けることになっている。わが国の学会とも同様な「相互乗り入れ」が出来ないものだろうか。何よりもこのジャンルのエコノミストの皆さんにはAAASSやICCEESのような学際的国際大会だけでなく、経済プロパーのEACESにも是非、参加して頂きたいと思う。なおEACESの活動については次の二つのホームページで知ることが出来ることをお報せしておきたい。 http://eaces.gelso.unitn.it/eaces/eaces.htm http://www.wiwi.tu-freiberg.de/intwirtsbez/wb600e.htm