スラブ研究センターニュース 季刊 2009 年春号 No.117 index
ニュース前号以降、以下の専任研究員セミナーが相次いで開かれました。
林報告は、1990年代以降のポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの基幹政党(与党第一党になったことのある党)を、「経済保護主義/経済自由 主義」、「世俗・普遍主義/保守・ナショナル」という2つの軸で分類し、国ごとの政党システム形成の経路を分析するものでした。討論では、これらの国で有 権者の意見分布がほぼ決まっていて、しかも政党が自由に立ち位置を変えられるのはなぜなのかなどが議論されました。いつもながらのクリアな整理がなされた 論文でしたが、もっと人間的要因に注目する余地もあるのではないかという意見も出ました。
望月報告は、読みやすいと評判の『アンナ・カレーニナ』新訳の解説部分で、通常の専任セミナーのペーパーとはやや性格が異なりますが、トルストイ研究の成 果を豊富に盛り込んだ巧みな作品解説でした。出席者一同もそれぞれの文学観を披瀝して盛り上がり、文学者の少ないスラブ研にも実は文学好きが多いのだと気 づかされました。
野町報告は、ポーランド北部の少数言語であるカシュブ語において、他のスラヴ語には稀な種類の受動構文が使われることに着目し、これがドイツ語からの借用 であることを示した上で、この構文の文法的・意味的特徴を分析するものでした。多くの出席者にとっては慣れない分野の報告で、論文の書き方の「文化」の違 いを考えさせられましたが、この構文が本当にドイツ語からの借用なのかなどについて、活発な議論がなされました。外国人コメンテータが日本語で高度な専門 的議論をしたのも、普段のセミナーには見られないことでした。
宇山報告は、南カフカス三国での短期間の聞き取り調査に基づいて、グルジア紛争が各国にとって持った意味の違いを論じ、中央アジアからの米軍基地撤退など にも触れながら、現代世界の国際関係が大国の政策だけではなく、小国の大国に対するバーゲニング行為によっても動かされていることを論じました。この視点 は、歴史研究としての帝国論の援用でもあります。報告者が注目するアルメニアとトルコの関係改善については、多くの困難があるとの指摘がコメンテータから 出されました。
家田報告は、報告者がこれから取り組もうとしている、東欧の環境に関する文理連携研究への意気込みを示すもので、ドナウ川のダムや地下水をめぐるハンガ リーとスロヴァキアの対立や、環境NGOへの国際的支援など、多様な話題を扱いました。コメンテータにより水問題研究に関する明解な説明がなされたあと、 他の出席者から、旧ソ連との比較や、公共圏という概念の使い方の妥当性などが議論されました。
長縄報告は、ワクフ(慈善を目的とした財産寄進制度)を通して、ヴォルガ・ウラル地域における国家と社会の関係という報告者の一貫したテーマを論じると同 時に、イスラーム世界におけるワクフ研究全般への貢献も意識した野心作でした。コメンテータによって、ワクフ制度一般の中で何がヴォルガ・ウラル地域の特 徴なのかについて整理がなされたあと、他の出席者から、国家と社会の交渉とは言っても結局は専制国家の枠内の話なのではないか、などの意見が出されまし た。