1994年点検評価(抜粋)
自己評価 - 課題と将来構想 -
センターは関係諸方面の協力・支援によって、研究の組織と活動において拡大発展を遂げてきた。研究定員の増加、部門制の確立、共同研究員制度や国
際交流
体制の整備、資料収集、出版、情報サービス活動の充実などに示されるように、センターは所期の課題の本質的な部分を徐々に達成しつつあると考えることがで
きる。
しかし、この発展の具体的な様相を観察すると、そこには数多くの肯定的な要因の他に、変化に伴うアンバランスや未解決の問題も少なからず見られ
る。
以下では、センターの活動に対するセンター研究員自身による自己評価をいくつかの項目に限定して記述する。
● 研究支援体制
研究支援体制は、積み残された課題の中で最も大きなものの1つである。最大の問題は、事務量と事務定員のアンバランスにある。
1) センターは1990年度に全国共同利用施設に改組され、1993年度に民族環境部門が新設された結果、この4年間に定員では教授4、助手1、客
員教授2、外国人研究員1の純増となった。これに対して、事務官などの定員は従来通り3(庶務・会計・図書担当)に据え置かれているため、庶務・会計の事
務官の事務量が増える一方となっている。
2) 図書
については、図書購入費が増える一方で、図書担当の事務官は従来通り1名であるため、講師1名が図書業務にあたっている。
3) 助手については1990年に定員が1増え、現在2人となっているが、以下のような問題が生じている。
ア) 和文紀要
、欧文紀要
、研究報告シリーズ
、シンポジウム報告書
、ニュース・レター
などの出版量が、スラブ地域の激動にも関係して、近年特に増えている。現在、これらの出版物の編集には助手1名が従事しているが、年度末など、対応しきれ
ない状況が生じている。
イ) センターでは、通信ネットワーク、衛星放送などニューメディアを利用した情報処理を発展させたいと考えており、また、全国共同利用施設として、
全国の研究者からもそのようなサービスを期待されているが、人員不足のため、実現できない状況である。
ウ) センターでは、情報資料部においてスラブ研究文献目録デー
タベー
スが作成されているほか、生産環境部門、社会体制部門においてもデータベースが作成されている
。このようなデータベースは、スラブ地域から発信される情報の量的・質的拡大のなかで、今後さらに重要性が増していくと考えられる。これに関しては、セン
ターに大型計算機及びパソコンのプログラムを開発しうる助手のいないことがネックの一つとなっている。
4) 1990年度に外国人研究員
が1名増えたことをはじめとして、国際交流が拡大されているが、外国人研究員の招聘や生活の日常的世話などに伴う仕事(−国際交流で詳述)が研究員にもた
らす負担も無視できないものとなっている。
● 研究活動
センター研究員の研究活動を点検する場として、専任研究員セミナーが設けられ、相互に率直な批判・助言がなされている。このセミナーは1991年に始め
られたものであるが、センター教官の研究水準を高め、とくにその学際性を高めるうえで非常に大きな役割を果たしている。
この専任研究員セミナーに限らず、センターで行われる各種研究会・シンポジウムでは、率直に疑問点・問題点がぶつけ合われ、概して外交辞令的な発言の多
い国内他大学などでの研究会とは若干異なった雰囲気が形成されていると自負している。このために、報告者や討論者の人選にはかなりの時間が割かれ、研究
会・シンポジウムの準備には多大の労力がつぎ込まれている。
また、近年は外国人による発表が増えており、夏と冬に全国から15〜20名の研究者を招待して開催される研究報告会のうち、夏の研究会は国際シンポジウム
として開催されることが慣例化している。
研究成果の出版の面では、改善の余地が残されている。センターでは、和文紀要、欧文紀要が毎年発行されているほか、
研究報告会・シンポジウムについては、報告集が
「研究報告シリーズ」
あるいは単行本の形で出版されている。しかし、国内の他大学の研究所などで見られるような「叢書」のような形での単行本の発行は行われたことがなく、現
在、検討が始められている。また、センターの教官全員が参加する形での出版もこれまではなかったが、現在、センター創設40周年記念として弘文堂から 『スラブの世界』(全8巻)
を出版する準備が進められている。
● 国際交流
1) 外国人研究員プログラム
センターの国際交流の中心は、このプログラムに基づく外国人研究員3名の10カ月間の受け入れである。常時3名の外国人研究員が滞在していることの意義
は大変大きく、研究の国際交流が日常的に行われている。また、外国人研究員の側からも研究・生活環境に関して概ね高い評価を得ている。
3〜4年前までのこのプログラムの問題点は、ソ連から優秀な研究者を招くことができないことにあった。当時は、10カ月間もソ連を離れることは困難で
あったからである。しかし、1990年頃からソ連からの応募も急増し始め、東欧からの応募と合わせると応募全体の9割を占めるに至っている。ここ数年の問
題は、第1に、欧米からの優秀な研究者の応募が減っていることである。この背景には、現在では、欧米の研究者が容易にロシア・東欧に研究滞在できるように
なったため、休暇年度(sabbatical)などが与えられた場合、ロシア・東欧地域への滞在を望むようになったことがある。第2の問題は、滞在期間の
柔軟性の問題である。一部の研究者にとっては10カ月自国を離れていることが困難であり、4〜5カ月ならばセンターに行きたいという優秀な研究者が欧米に
もロシア・東欧にも数多くいるが、これはプログラムの運用上認められていない。また仮に、10カ月を2人で分割するようなことが可能になったとしても、こ
れはセンターの事務量の増大をもたらすというジレンマがある。このため、短期の滞在希望者は、学術振興会や国際交流基金など、他の資金の援助を得て招聘す
るほかはない。しかしこの場合は招聘に関わる手続の負担が個々の教官にかかることになり、現在のところ、このような形での短期の招聘は稀にしか行われてい
ない。
2) 交流協定に基づく交流
現在、ロシアの2つの研究機関と研究者の交換を行っているが、交換の条件をめぐって問題が生じている。問題の背景には、ロシアの経済困難に伴い、ロシア
側の研究所の予算が削られ、交換のための資金がほとんどなくなっていることがある。当初は、平等の条件の下で研究者交換を行うという原則で協定を結んだ
が、なし崩し的にこちら側がかなり援助する形に変わってきている。とくに、従来はロシアの研究所から正式な招聘状が出され、ロシアでの滞在先が確定しない
とビザを取得することが不可能であったが、現在ではこのような条件が満たされなくても容易にビザを取得できるため、特定の研究所との交流協定はほとんど意
味がなくなっている。しかしながら、早急に事態が改善される見込みはないので、1〜2年は状況を見守るよりほかはないと考えている。
ロシア以外では、1992年にハーバード大学ロシア研究センターとの間で交流協定が結ばれ、1994年にはオランダのライデン大学東欧法律・ロシア研究
所との間で交流協定締結が決まっているほか、中国の研究所との交流協定締結の可能性も生じている。これらの協定は、定期的な研究者の交換や、その資金面で
の裏付け・条件を定めたものではないが、各国の主要な研究所との間で交流協定を結ぶことは、日本のスラブ地域研究の推進機関としてのセンターにとって大き
な意義があると考えられる。今後の課題はこのような研究交流の経済的・人的な基盤を整備してゆくことであろう。
3) 教官の海外派遣
センターでは海外での研究を希望する教官が多いが、センター内での様々な業務とどのように両立させるかが問題となっている。とくに、センターが研究対象
とするスラブ地域においては、最近になって現地調査などが可能となったこともあって、そのような研究を目指す教官から、今まで以上に頻繁に海外で研究を行
いたいという要望が出されている。地域研究機関としては、本来そのような研究をいっそう奨励すべきではあるが、センターのスタッフ数が少ないこと、その割
にセンター内の業務が多いことから、現地調査の要望をすべて認めるわけにはいかないというジレンマに立たされている。
センターには、外国出張の費用として、外国旅費72万2000円が毎年予算化されており、有意義に利用されている。もちろん、この額はセンター全体の派
遣費用の数%にしか相当しないが、煩瑣な申請や報告を行うことなく利用できるため、極めて有意義であると受けとめられている。しかしながら、部門増設にと
もないセンターのスタッフ数が増えたにもかかわらず支給額が1978年から据え置かれているため、増額が必要となっている。
センターでは1990年の全国共同利用施設への改組の際からモスクワに海外出張研究所を設置したいという要求が出されている。この背景には、近年のロシ
アの情勢変化により容易にモスクワに行くことが可能になったこと、しかし、逆に安価で安全な宿泊先を確保することが困難になったことがある。今後も、ます
ますモスクワへの研究出張が増えることが予想されるため、電話、ファクス、パソコンなどを完備し、宿泊施設を兼ねた出張研究所の必要性が高まると考えられ
る。
4) 海外の研究者の受け入れ
受け入れに関しては、宿舎の確保、出迎え、様々な手続等々の仕事に教官のかなりの時間が割かれていることが問題である。これについても、地域研究機関と
して受け入れ研究者数が多いにもかかわらず、スタッフ数が少ないことに一因がある。毎年3人の外国人を10カ月間受け入れていることだけでも負担が大き
い。とくに、ロシア人を招く場合、ビザ取得などの面で特別の手続が必要なことも、時間がとられる原因となっている。財源の面では、現在様々な資金を使って
外国人研究員を招くことが可能であり、また、スラブ地域から訪日を希望する研究者も従来とは比べものにならないほど増えているが、資金の申請、様々な手続
などの負担を考えると、現状ではこれ以上外国との交流を増やすことは困難だと思われる。
この点で事態を改善するためには、センター自身の努力だけでなく、以下のような点に関して、諸方面の協力をお願いする必要があると思われる。
ア) 外国語による様々な事務的書類の作成、外国人との文通などを行うことのできる専門職員をセンターに配置する。
イ) 外国人にも知らせなければならないような事務上の書類については、大学本部などで英語版を用意する。学内の英語の表示・案内を増やす。
ウ) 宿舎の確保に時間が割かれないように、北大の外国人宿舎を改善・拡大する。外国人宿舎の一部の建物・部屋は湿気などの面で外国人の評判が悪く、
改築が必要である。日常的なトラブルの処理に当たるため、外国人宿舎に常駐の職員をおく。また、土日や平日の夕方5時以降にも入退居できるようにする。
エ) 外国人が泊まれるように、クラーク会館内の宿泊施設を改善・拡大する。また、ポプラ会館で土日も泊まれるようにし、外国人が利用しやすい体勢に
する。
オ) 外国人に適切なアドバイスを行えるように、保健管理センターに外国語の分かる職員を配置する。
● 教育活動
センターの教育活動にとっての将来的な課題は、大学院教育への参加である。センターは日本におけるスラブ地域研究の発展を支える若手研究者の育成の必要
を認めているが、センターが大学院レベルの教育に参加するためには、数々の障害が存在する。センターは以下のいくつかの選択肢に沿って、将来の大学院教育
参加を検討している。
1) センターの大学院独立研究科の可能性
独立研究科の設置はセンターの特徴を活かした大学院教育のための理想的な選択肢である。しかし研究施設としての主旨からして、また現在の規模からみて、
センターが独自の研究科を持つためには特別の措置が必要とされる。
2) 北大諸部局との協力による大学院教育
現在北大の諸部局間で検討されているインターファカルティーの大学院構想に、センターは関心を持っている。その場合センターのアイデンティティーを活か
した総合的な地域研究の専門教育を行い、なおかつ本務である研究活動にプラスとなる環境・条件の整備が課題となる。
3) 大学院教育の代替となる制度の活用
日本学術振興会特別研究員制度のような制度を活用し、若手研究者の養成に携わることは、大学院教育の代替として現実的な選択肢の一つである。ただしこの
制度は組織的で一貫性のある教育システムを保障するものではない。
現状においてセンターはまず3)のような現実的な方向を試みながら、中・長期的には1) 2)の選択肢を模索してゆく方針である。
● 共同利用
共同利用活動は全国共同利用施設としてのセンターの活動の根幹をなす領域である。活動記録に示されたように、センターは総力を挙げて共同利用活動の充実
に努めており、共同研究・情報の共同利用・国内研究者への援助等の諸分野において、一定の成果を上げてきた。しかし全国共同利用施設への改組から3年余の
間に、いくつかの矛盾、制約、解決すべき問題なども浮かび上がってきた。
共同研究活動においては、センターの地理的な条件と予算的な条件に起因する制約が痛切に感じられる。各部門毎の共同研究プロジェクトの遂行のためには、
研究者間の緊密な連携、頻繁な会合が必須である。しかしながらセンターの共同研究員はその多くが北海道外に居住しており、プロジェクトの関係者が一同に会
して実質的な共同作業を行う機会は非常に限られている。ちなみにこの3年間にプロジェクトの主要メンバーが参加して行われた研究会は、各部門年平均2.6
回、同じく報告数は年平均8.3である。各々の研究はきわめてインテンシブに行われ、研究報告シリーズや単行書の形で発表された成果は専門家の間で相当の
評価を受けている。しかし、現状は共同研究の推進にとって決して理想的な環境とは言えない。今後の共同研究の発展のためには、研究打ち合せ旅費の拡大、通
信ネットワークの整備、研究支援体制の充実など根本的な対策を構じる必要がある。
センターでは共同研究を一層実質的で実りのあるものとするための有効な一歩として、1994年度文部省科学研究費補助金「
重点領域研究
」を申請した(申請領域名「スラブ・ユーラシアの変動 自存と共存の条件 」、3年計画)。あいにく94年度分の補助金の対象にはならなかった
が、今後この方向での努力を継続してゆく方針である。
共同利用活動の一環としてセンターの特色ある活動となっているのは、鈴川正久氏の寄付を基金として行われている若手研究者の招聘プログラム( 鈴川研究奨励基金プログラム
)である。このプログラムは、大学院生を中心とした若手研究者に、センターに滞在し、施設・資料の利用、研究会等への参加、専門研究者との交流を行う機会
を提供するものとして、非常に有益な効果を生んでいる。
しかしながら限られた基金(約2000万円)の果実の一部をもって行われているこのプログラムは、自ずから限界を持っている。93年度まで7年間の実績
では、毎年平均20名程度の応募者の中から9名程度を招聘するのが限度であった。金利低下による果実の減少が見込まれる現状では、招聘者の数はさらに半数
程度まで落ち込まざるをえない。これは将来の研究者の育成という目標にとって、きわめて憂慮すべき現実である。この問題の解決のためには、何等かの方法に
よる基金そのものの充実が急務であると思われる。
● 図 書
センターの図書
は長年の努力により、一箇所にまとめられたスラブ関係図書資料としては、国内に類のない充実したものとなりつつあるが、国際的なレベルからすれば、約10
万点の蔵書量はいまだ十分なものとは言い難い。蔵書の分野毎の構成も、センターの従来の部門構成および旧ソ連・東欧諸国の文化状況・出版状況を反映した、
偏った性格を持っており、現状に鑑みて修正すべき点が存在する。とりわけペレストロイカ以降のスラブ地域における政治圏や文化圏の再編成、民族語や民族文
化の復活、出版主体の細分化などの状況の出現にともなって、研究対象地域毎の特殊性を配慮した、細やかな蔵書構成への転換が必要とされている。また93年
度に増設された民族環境部門の諸分野(民族学・地理学・文化人類学)の基礎資料も早急に収集されるべきである。センターは、通常の図書予算以外に、歳出概
算要求による基本図書整備計画、文部省科学研究費などを通じて、図書資料の更なる充実に努める方針である。
またスラブ地域に関する共同研究・情報交換の必要性の増大、情報源の多様化やコンピュータ、ファクシミリなど新しい情報流通形態の出現にともない、リ
ファレンスサービスの充実が急務となってきた。この方面でも今後の大いなる努力が必要とされる。
このような方針を貫くに当たって、センターの図書業務は大きな困難を抱えている。その主なものは以下の通りである。
1) 図書業務の人員不足
センターに配置されている図書担当の事務官は1名である。これは年間6000点を上回る図書(うち9割以上を洋書が占め、その中にはスラブ諸語圏の出版
物が多く含まれる)の購入にまつわる全ての業務(発注・受け入れ・支払・登録・カード作成・管理替え)及び蔵書管理、リファレンスの仕事を行うための労働
力としては全く不十分なものである。センターではこのため、情報資料部に属する講師1名が、実質上図書業務に専従する形を取っており、さらに92〜93年
度の特別措置として、2年間の臨時用人3名を図書業務の補助に当てている。
しかしこのような体制をもってしても全ての業務の速やかな進行は難しく、センターは現在約1万点の未整理図書を抱えている。スラブ地域の変動下で研究の
スピーディーな対応が必要とされる状況を考慮したとき、センター図書業務の現状は深く憂慮されるべきものである。
このような問題は個人や部局の努力によって解決しうる限度を越えており、全学的な配慮と対応が必要と考えられる。根本的な解決策はセンターの図書職員ポ
ストの補充であるが、これには全学的な図書職員の配置の再検討が必要とされる。また現在北大が臨時用人の雇用に際して設けている時間枠(6ヵ月)は、図書
業務にとっては非常に非効率的である。当面の措置としては、臨時用人が専門的な技術を身につけることを可能にするような、臨時用人雇用期間の緩和が期待さ
れる。
2) 蔵書スペースの不足
現在センターの図書は、その大半が北大附属図書館に管理換され、同図書館の一角に配架されている。しかし現状においてすでに蔵書量が同スペースの許容限
度に達しかけており、今後の収納の可能性が危ぶまれている。センターでは当面の緩和措置として、今後購入・製本される新聞・雑誌資料の一部をセンターの建
物内部に収納する方針を立てているが、これは図書そのものの収納の問題の根本的解決にはならない。将来的には附属図書館の収容能力の向上がぜひとも期待さ
れる。
3) 附属図書館との統合の問題
上記のような諸問題を解決する一つの手段として、センター図書業務の附属図書館への統合が検討されているが、これもまた大きな問題を含んでいる。統合
は、センター図書職員の図書館への配置転換とともに図書業務の大半を図書館に委ねることを意味するが、その際図書館は現在センターが抱えている人員不足・
仕事過剰の問題をそのまま抱え込むことになる。これを解決するためには、予め定員の補充、臨時用人雇用のための予算的措置といった対策を構じなければなら
ないが、この措置はセンターと附属図書館の間の調整・努力のみでは実現できない。また統合が実現しても、センター蔵書のためのスペースの問題は依然として
残る。
以上のようにセンター図書業務の抱える問題は構造的なものであり、対症療法的な措置で処理しうる限度を越えている。センターはこれを個別的な問題として
のみではなく、北大全体の図書情報処理の課題として捉え、全学的な対応に向けて働きかけてゆく方針である。