2010年度新学術領域研究・SRC冬期国際シンポジウム
「回帰と拡散:地域大国における人間の移動と越境」開催される
山
根聡
12月11,12日の2日間にわたり,新学術領域研究「ユーラシア地域大国の比較研
究」第4回国際シンポジウムが大阪ブリーゼプラザで開催された。本シンポジウ
ムは計画研究「国家の輪郭と越境」を進めている社会班(第5班)が中心となって
企画された。
全体のテーマは「回帰と拡散~地域大国における人間の移動と越境」で,地域大
国の周縁的存在であるマイノリティ,移民,あるいは周辺諸国などの視点から地
域大国性を照射することを目的とした。
第1セッション「聖地巡礼:信仰と消費」では高山陽子氏(亜細亜大学)が現代中
国における革命関連の事物を記念した土産品をもとに,「大国」中国の現代史が
いかに正当化され,消費につながっているかについて,多くの映像資料とともに
紹介された。またアイリ-ン・ケイン氏(コネチカット・カレッジ)は,20世紀
はじめ,非イスラーム国家ロシアによるムスリム巡礼の支援の実態について,貴
重な広告資料などをもとにした報告で,ロシアが少数派のムスリムといかに関わ
り合い,大国に取り込んだかについて紹介した。小磯千尋氏(大阪大学)は,西イ
ンド・マハーラシュートラ州プネー市郊外のヒンドゥー聖地における巡礼のフィ
ールド調査に基づき,同地で特徴的なガネーシャ信仰を通じて,マハーラーシュ
ートラ的な意識がいかに生産されているかを紹介した。
第2セッション「故郷を遠くで想う:ディアスポラへの招待」では,グルナラ・
メンディクロヴァ氏(世界カザフ協会ディアスポラ研究センター)が,カザフ人
移民の世界的な分布状況を紹介し,スラット・ホラチャイクル氏(チュラロンコ
ーン大学)は,自身の経験を踏まえて,タイにおけるインド系移民の社会経済的
な状況を報告した。また,劉宏氏(南洋理工大学)は,1950年代以降の華僑につ
いて歴史的に考察した後,「新移民」と呼ばれる華僑が,「回国服務」を掲げて
母国への奉仕のために回帰する現象を紹介した。
第3セッション「モバイル・ビジネスマン:商業ディアスポラとネットワーク」
では、アルツヴィ・バフチニアン氏(アルメニア科学アカデミー歴史学研究所)
が,アルメニア系商人のネットワークについて,歴史的な流れとともに,アルメ
ニア人としての自己認識の形成過程が紹介された。スティーヴン・デイル氏(オ
ハイオ州立大学)は,南アジア系商人のネットワークについて,サファーヴィ
ー朝など西アジア地域への広がりと,東南アジアへの広がりの2つの事例につい
て歴史的に考察した。久末亮一氏(政策研究大学院大学)は,シンガポールにお
ける中国系華人社会の本国との結びつきを,特に金融業などの実態をもとに豊富
なデータで報告された。
2日目のスペシャル・セッション「知識の拡散:エリート養成と国家の輪郭形成」
では,王智新氏(聖トマス大学)が,中国における科挙制度や同制度廃止後の官
僚層の形成について,歴史的経緯とともに,その現状や課題を紹介した。またジ
ョーティ・ダンデーカル氏(バーラティ・ヴィディアーピート大学)は,インド
への留学について,インドの教育事情の概観とともに,留学生数が増加傾向にあ
る状況を興味深い写真などとともに紹介された。ラフィク・ムハメトシン氏(ロ
シア・イスラーム大学)は,ロシアにおけるムスリム知識人層の形成におけるイス
ラーム教育の現状と課題について,異なる宗教が混在するロシア的風土で,中東
のイスラーム教育との間で生まれる違和感などについて報告された。
第4セッション「周縁からの問いかけ」では,マイケル・レイノルズ氏(プリン
ストン大学)が20世紀はじめのクルド人コミュニティが,オスマン帝国といかな
る緊張関係にあったかを報告した。登利谷正人氏(上智大学)は,19世紀末のア
フガニスタンが,ロシアと英領インドの確執の中でいかに苦悩したかを,歴史的
に考察した。ウラディン・ブラグ氏は,20世紀半ばの中国における人間の政治的
な移動を通して,建国間もない中国における中国共産党の政策を紹介した。
第5セッション「移動がもたらすもの」では,ジェシカ・アリーナ=ピサノ氏と
アンドレ・シモニ氏(オタワ大学)が,ネット回線によるオタワからの参加で,
ヨーロッパとウクライナ,ロシアと中国の国境を比較しつつ,国境をまたぐ人々
の状況を貴重な写真とともに紹介した。中谷純江氏(鹿児島大学)は,インドの
マールワリー商人が築く建造物や都市について,彼ら独自のコミュニティのあり
方を考察した。崔延虎氏(新疆師範大学)は,新疆における遊牧民が中国という
枠組みの中で自らの移動範囲をいかに変容させているかについて報告した。
シンポジウムには初日75名,2日目65名の参加者があった。いずれの報告も刺激
的で,地域大国像を異なるアプローチによって検討することができた。また,分
野や地域の異なる報告は,地域大国の輪郭形成を比較研究する上で,その視点を
広げる有意義なものであった。
シンポジウム運営に当たっては,越野剛氏(SRC助教),藤森信吉氏(GCOE特任研
究員)、任哲氏(2班プロジェクト研究員),池直美氏(グローバルCOE特任助教)
のご助力に感謝を申し上げたい。
関連リンク:シ
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