北大スラブ研究センター・笹川平和財団共催シンポジウム
「エネルギーの対ロ依存は危ういか? 存在感を増すロシアの資源外交」
開催される


  2009年7月22日、日本財団ビル(東京)で笹川平和財団・北海道大学スラブ研究センター共催のシンポジウム「エネルギーの対ロ依存は危ういか? 存在 感を増すロシアの資源外交」が行われました。ロシアは2000年以降、石油価格高騰の恩恵を受け「資源大国」として世界経済での地位を回復してきました。 しかし、ウクライナに対するロシアの厳しい対応から、ヨーロッパでは安定したエネルギー供給国としてのロシアを不安視する向きもあります。これまでこの問 題は日本にとって対岸の火事でしたが、過去3年間でサハリンをはじめとするロシアから日本へのエネルギー・フローは飛躍的に伸びました。こうした状況を受 けて、今回のシンポジウムは、日本はロシアからのエネルギー輸入をどう考えるべきかを話し合う目的で企画されました。

 講師には、ロシアの石油・ガス事情の国内第一人者である本村真澄氏(石油天然ガス・金属鉱物資源機構・主任研究員)、ロシア外交史の専門家であり、エネ ルギーはクレムリンの外交手段だという立場をとる横手慎二慶応大学教授、1993年の激動期のロシアに駐在した経験を持つ栢俊彦日本経済新聞編集局編集委 員を迎え、ロシアのエネルギー政策をめぐって両極の主張を展開する専門家が一堂に会し、白熱した議論が交わされました。

 本村氏は、一般に「ロシア政府が環境問題を口実に圧力をかけ、ガスプロムが権益を奪取した」と報道されてきたサハリン-2問題や、旧ソ連諸国、とくにウ クライナとの天然ガス価格をめぐる対立について、経済原理に基づいた行動としてその実態を説明しました。前者については、実際には一年以上前からシェルと ガスプロムの間で権益交換の交渉が行われており、別途の問題としてコストオーバーラン、パイプライン用地での地滑りなどが持ち上がり、環境問題がクローズ アップされるようになった経緯を詳述し、ガスプロムの参入は双方にメリットのある解決法であったことを指摘しました。後者に関しては、補助金の廃止と国際 価格への移行に基づいてとられた政策であり、1990年代の親ロ政権下でも供給停止がしばしば行われていた事実を挙げました。

 これに対し、横手氏は、経済専門家の議論の前提となっている国際経済の相互依存という概念がロシアの報道を見る限り定着しているとは言えないこと、また 石油とガスは分けて考える必要があり、液化して輸出する場合を除いて,ガスはパイプラインによって供給関係が固定されるため,国際的にガス価格が高騰して いる情勢下では供給国と消費国の関係は極端な圧力関係に変わり易いという点に着目し、旧ソ連諸国に対するロシアの行動は安定供給の責任を軽んじていると言 わざるを得ないと主張しました。コメンテーターの田畑教授、本村・栢両氏ら経済専門家からは、もし資源が外交の手段、あるいは武器であるというならば、国 家によるシナリオや具体的な成果まで説明できなければならないという厳しい批判が出ました。これに対して横手氏は、外交において重要なことは、武器を持っ ていることをアピールすることにより、相手国が自国に都合の良い行動をとったり、相手国の政策に変化をもたらしたりすることなのであると反論しました。

 一方、栢氏は、ガスプロムとシブネフチを中心に、国営企業と国家の関係を独自の視点から論じました。同氏によれば、資源に関してロシアには一貫した国家 戦略はなく、「はずみ」でものごとが動いている局面が多いということになります。第一の「はずみ」は市場経済化の一歩として93年から95年にかけて行わ れた国営企業の民営化によって、オリガルヒが台頭する土壌ができたことであり、これをきっかけに国家の手を離れたところで資産の争奪戦が生じました。ユコ ス事件はこれに対する国家の巻き返しと解釈されます。この事件をきっかけに、国内では資源をめぐる一定の秩序が形成されましたが、これが第二の「はずみ」 である周辺国やアメリカを巻き込んだ対外的な動きにつながりました。しかしロシアの資源外交には一貫したシナリオがあるわけではないので、ロシアに負の対 外関係をもたらしている現在の方針は固定的ではなく、今後強硬になる可能性も、協調的になる可能性も有りうるということです。

 政治的動機と経済的動機の間に線を引くことは困難であり、日本がこれからロシアと交渉するに当たって、ロシアが悪意を持って接してくることを前提に臨め ば、ロシアの態度を硬化させかねません。また一方で、東アジア諸国に対してエネルギーというほぼ唯一の切り札を持つことによってロシアが自信を回復したこ とは事実であり、国家首脳が企業トップと密接な個人関係を持っていることを軽視すべきではないでしょう。今回のシンポジウムは、国家間のエネルギー戦略の 齟齬を再考することも含め、日本が早急に対ロ戦略を持たなければならないことが確認された有意義なものでした。

 なお、本シンポジウムは新学術領域「ユーラシア地域大国の比較研究」の企画によることを申し添えておきます。  

(加 藤美保子)

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(編集責任者より)
本エッセイに対して、パネラーの横手慎二さんから、下記のようなコメントが寄せら れましたので、掲載します。なお、当日の議論の模様と詳細は、近日刊行予定の「ス ラブ研究センター・レポート」に収録されます。 (岩下明裕)
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エッセイの中にある「コメンテーターの田畑教授、本村・栢両氏ら経済専門家から は、もし資源が外交の手段、あるいは武器であるというならば、国家によるシナリオ や具体的な成果まで説明できなければならないという厳しい批判が出ました」という 説明は、かなりミスリーディングだと思います。私の反論は、ロシアは天然ガスを政 治的手段として利用している、その目的はロシアの力を見せ付けて、次の政治的行動 を取るときにロシアの顔色をうかがうようにし、最終的には旧ソ連諸国におけるロシ アの支配的地位を確保することだというものです(ここではロシアの力を意識させれ ば十分なので、何も結果が出ていなくても構わないのです)。また当日の議論の雰囲 気を再現すれば、お三方からの「厳しい批判」もなかったし、「国家によるシナリオ や具体的な成果まで説明できなければ政治的手段だといえない」という認識は政治学 を学ぶものとしては疑問だと申し上げたわけで、聴衆の多くは私の主張を理解してく れたと考えております。   (横手慎二)
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