移行初期ロシアにおける不平等の固定化と貧困
―賃金支払遅延と第2雇用―

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表1 ロシアの貧困指標

  貧困者比率(HI)
(%)
貧困ギャップ(PG)
(%)
FGT2
(%)
1988 10.6 2.04 0.71
1989 11.0 2.24 0.65
1990 10.1 2.12 0.63
1991 11.4 2.03 0.56
1992 25.2 9.80 5.40
1993 31.9 13.60 8.00
1994 26.8 11.70 7.20
1995 35.0 13.20 6.90
1996 22.3 6.54 2.75
1997 21.3 6.27 2.66
注 : HI, PG, FGT2は、それぞれ、以下の式によって求められる。HI = q / n. , PG = (1 / n) qi=1 [(z - yi) / z]. , FGT2 = (1 / n) qi=1 [(z - yi) / z]2.但し、qは貧困線以下の人数、nは全人口、zは貧困線(公式最低生活費)、yiはiの所得(あるいは支出)である。HIは貧困の普及(prevalence)の指標であり、PGは貧困の深さ(depth)の指標であり、FGT2は貧困の厳しさ(severity)の指標である。一般に、貧困層の分配面を配慮した貧困指標であるFGT2が、貧困指標として望ましいとされる。望ましい貧困の尺度に関しては、A. Sen, Inequality Reexamined (Oxford: Oxford Univ. Press, 1992)(池本幸生・野上裕生・佐藤仁訳『不平等の再検討―潜在能力と自由―』岩波書店、1999年)などを参照。
出所 : 1988〜1991年は、Госкомстат のデータに基づくJ. Klugman and J. Braithwaite, "Poverty in Russia during the Transition: An Overview," The World Bank Research Observer 13:1 (1998), p.43. による推計。 1992〜1995年は、 RLMS のデータに基づく M.C.Foley, "Static and Dynamic Analyses of Poverty in Russia," in J. Klugman, ed., Poverty in Russia (1997) による推計。1996〜1997年に関しては、Госкомстат. Социаль-ное положение и уровень жизни населения России. М., 1998. С.117, 133.のデータに基づき筆者が推計(概算)。

表2 ロシアの所得分配:1992〜1997年

 

19921)

1993 1994 1995 1996 1997
全貨幣所得(%) 100 100 100 100 100 100
  所得分配(%)
   第1五分位数 6.0 5.8 5.3 5.5 6.2 6.2
   第2五分位数 11.6 11.1 10.2 10.2 10.7 10.6
   第3五分位数 17.6 16.7 15.2 15.0 15.2 15.1
   第4五分位数 26.5 24.8 23.0 22.4 21.5 21.4
   第5五分位数 38.3 41.6 46.3 46.9 46.4 46.7
十分位数比2) 8.0 11.2 15.1 13.5 13.0 13.2
ジニ係数 0.289 0.398 0.409 0.381 0.375 0.375
注 : 1)総所得、2)上位10%の所得/下位10%の所得
出所 :

Госкомстат. Россия в цифрах. М., 1998. С.67.

表3 移行以前と1993-96年の期間におけるジニ集中係数の変化の分解

  変化要因 相互作用項 全体のジニ係数の変化
所得構成の変化 集中係数の変化の内訳
賃金

 

社会的移転 内訳 非賃金形態 の私的セクター
年金 年金以外の移転
ハンガリー(1989-93) -1.3 +5.9 -0.6 +1.4 -0.2 -0.6 -1.3 +2.2
ポーランド(1987-95) -1.7 +3.4 +3.5 +3.2 -0.1 +0.8 +0.9 +7.0
ロシア(1989-94) -3.4 +17.8 +5.1 +3.9 +0.4 +3.0 +1.2 +23.6
注 : 全データがジニのポイントである。括弧内の年は、ジニ変化が計測された期間を示している。可処分所得は、賃金の合計 (w )、現金の社会的移転 (t )、非賃金形態の私的セクター所得 (p ) として定義される。可処分所得のジニ集中係数 (G) は、3つの所得要素(賃金、移転、非賃金形態の私的セクター所得) Ci の集中係数のウェイト付き平均に等しく、そこでのウェイトは全所得における収入源のシェア( Si )のである。
G =3i=1 Si Ci = Sw Cw + St Ct + Sp Cp
2期間のジニ変化(移行前後)は以下のように記述され得る。
△G = 3i=1 △Si Ci + △Cw Sw +△Ct St + △Cp Sp + 3i=1 △Si △Ci
右式の第1項は、様々な所得源のシェアを変化させるジニ変化を示している。次の3項は、所得源の集中係数を変化させる変化を示している。最後の項は、相互作用項(an interaction term)である。
出所 : B.Milanovic, Income, Inequality, and Poverty during the Transition from Planned to Market Economy (Washington, D.C.: The World Bank, 1998), pp.47-48.

図1 主要経済セクター別賃金分布

出所 : Госкомстат. Российский статистический ежегодник. М., 1998. С.224.より筆者作成。

表4 主要産業部門別雇用者1人当たりの平均賃金(ルーブル/月)
(実質ターム: 1990年価格)

  1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997
全   体 210.8 88.3 92.0 108.0 100.6 140.3 155.6
 工   業 233.1 104.1 99.5 112.0 112.6 154.2 183.5
 農   業 176.5 58.7 56.5 54.5 50.4 67.8 68.3
 建 設 業 267.3 118.6 122.2 138.8 126.8 171.7 220.0
 輸 送 業 251.9 129.1 138.5 161.8 156.9 202.4 221.3
注 : 1998年1月1日からデノミネーションが実施され、1,000ルーブルが新1ルーブルに改定された。本稿では、デノミ実施以前の貨幣表示を採用している。よって、算出方法は、
   [デノミ以前の貨幣表示の雇用者1人当たりの平均賃金(名目ターム) / 修正CPI]×100
となる。但し、ロシアの公式統計における物価指数のデータは、該当年の12月データの対前年度12月データの比であるため、1990年の物価指数を100として逆算し求めた数値を修正CPIとし、実質タームの数値を算出した。
出所 :

Госкомстат. Российский статистический ежегодник. М., 1998. С.224, 715. のデータに基づき筆者が計算。

表5 主要産業部門別雇用者1人当たりへの平均賃金支払遅延(ルーブル/月)
(実質ターム: 1990年価格)

  1993 1994 1995 1996 1997
全    体 0.6 5.5 13.5 36.0 98.4
内 訳:
 工   業 1.1 9.6 27.0 83.9 238.7
 農   業 0.9 13.4 27.7 48.0 105.5
 建 設 業 1.8 8.3 25.0 58.6 201.2
 輸 送 業 38.6 123.8
注 : 該当産業における賃金支払遅延の総額(名目ターム)を該当産業内の総雇用者数で除した数値を、雇用者1人当たりの平均賃金支払遅延額(名目ターム)として求め、上記の数値を、以下の計算式から算出した。
[デノミ以前の貨幣表示の雇用者1人当たりへの平均賃金支払遅延額(名目ターム) / 修正CPI]×100但し、ロシアの公式統計における消費者物価指数のデータは、該当年の12月データの対前年度12月データの比であるため、1990年の物価指数を100として逆算し求めた数値を修正CPIとし、実質タームの数値を算出した。
出所 : Госкомстат. Россия в цифрах. М., 1998. С.43, 319, 715.のデータに基づき、筆者が計算。

表6  主要産業部門別の支払われる予定の賃金に対する賃金支払遅延の比 1)

  1993 1994 1995 1996 1997
全    体 0.01 0.05 0.13 0.26 0.63
内 訳:
 工   業 0.01 0.09 0.24 0.54 1.30
 農   業 0.02 0.25 0.55 0.71 1.55
 建 設 業 0.01 0.06 0.20 0.34 0.91
 輸 送 業 0.19 0.56
注 : 該当年内における比の比較をしているので、名目タームの数値から以下の計算を行った。
1) 雇用者1人当たりの平均賃金支払遅延(ルーブル/月) / 雇用者1人当たりの支払われる予定の賃金 (ルーブル/月)。
2) 雇用者1人当たりの平均賃金支払遅延(ルーブル/月) = 賃金支払遅延総額 / 雇用者数
出所 :

Госкомстат. Россия в цифрах. М., 1998. С.43, 68, 319.のデータに基づき、筆者が計算。

 

表7 主要産業部門別の生存水準に対する平均賃金の比 1)

  1993 1994 1995 1996 1997
全    体 2.85 2.54 1.79 2.14 2.35
内 訳:
 工   業 3.08 2.64 2.00 2.35 2.76
 農   業 1.75 1.28 0.90 1.03 1.03
 建 設 業 3.79 3.27 2.25 2.62 3.32
 輸 送 業 4.29 3.81 2.79 3.09 3.34
注 : 該当年内における比は、該当年の生存水準を基準にした平均賃金の大きさを示している。ここでは、インフレ率を考慮する必要はないため、数値は、名目タームのデータから計算されている。1) 雇用者1人当たり平均賃金(ルーブル/月) / 生存水準
出所 :

Госкомстат. Россия в цифрах. М., 1998. С.68, 79.のデータに基づき、筆者が計算。

表8 所得階層別の賃金支払遅延:1996年

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五分位数 月当たりの支払遅延(1,000ルーブル) Ratio11) Ratio22)
第1五分位数 203 2.01 .35
第2五分位数 169 .53 .20
第3五分位数 219 .42 .17
第4五分位数 257 .30 .14
第5五分位数 263 .12 .08
注 : 1) Ratio1=月当たりの支払遅延 / 支払われた賃金。
2) Ratio2=月当たりの支払遅延 / 支払う予定の賃金。
出所 : RLMS-1996 [V.Gimpelson, Politics of Labor Market Adjustment:The Case of Russia (mimeo, 1998), p.41.]

表9 本業と追加的就業の経済セクター形態の相互関係
副業を持っている回答者数(N=271)に対する割合:%

本業のセクター 追加的就業のセクター
国有セクター 半国有セクター 私的セクター
国有セクター 44 12 36
半国有セクター 8 32 51
私的セクター 9 3 82
全質問者 24 13 56
出所 :

ВЦИОМ調査 [Хибовская Е.А. Вторичная занятость в разных секторах экономики // Экономические иvсоциальные перемены: мониторинг общественного мнения. 1996. 3 (23). С.26.

表10 副業を持っていると答えた回答者の追加的労働の種類:%

追加的労働の種類*1 兼務 契約 生産 商業 サービス その他
1994年4月*2 31.9 5.6 5.6 19.0 24.9 16.7
1994年7月*2 27.0 7.7 8.4 21.7 26.6 17.3
1995年3月*2 34.1 8.5 3.5 16.4 28.0 16.3
1995年5月*3 35.8 7.3 4.0 11.1 31.5 14.9
<雇用者の内訳>
セクター
  国有セクター 40.7 8.7 4.7 10.9 24.9 13.7
  半国有セクター 14.5 6.4 1.4 18.9 48.6 20.2
  私的セクター 37.5 0.0 3.5 3.1 42.5 18.7
部門*4
  工業 38.7 4.7 2.5 18.7 24.3 14.9
  農業 16.2 16.1(?) 1.7 13.6 42.2 11.9
  商業 33.4 1.0 2.9 3.9 47.9 13.8
  社会部門 51.0 12.0 9.8 3.4 23. 4 9.9
  行政 15.9 3.5 0.0 5.8 48.3 28.0

注 :

*1  追加的労働の種類: 1)他の企業、組織での兼務 2)契約、依頼に基づく専門的活動 3)販売用の消費財生産 4)自分の店、カフェ、小さな売店(キオスク);ブローカー、仲介活動;街頭販売、他の都市・国外から運ばれた商品の販売 5)建設、修理、縫製サービス;家庭教師、個人授業、個人サービス(掃除、炊事など) 6)他の労働、返答に困る、無回答。
*2 回答者は、働いている人と働いていない人。
*3 働いている人のみ。
*4 国民経済部門: 1)工業、建設業、運輸、通信 2)農業、林業、狩猟 3)商業、配給、公共外食制度、・普i住宅・公共事業)、日常の公共サービス 4)教育、就学前の教育、保健、文化、芸術、軍隊、警察、その他。
出所:

ВЦИОМ調査[Клопов. Вторичная занятость. С.28.]

表11-1 本業の賃金額別に分類された労働者グループの第2雇用の分布
(質問に答えた人数に対する比率:%)

先月、基本的就業の他に、何か別の仕事・職をし、追加的収入を得た。

回答者の本業の賃金(1994年10月)

全体
5万ルーブル以下 5〜10万 ルーブル 10〜30万ルーブル 30〜50万ルーブル 50〜100万ルーブル 100万ルーブル以上
はい 16 16 18 22 28 27 18
いいえ 84 84 82 78 72 73 82
出所:

ВЦИОМ調査[Хибовская. Вторичная занятость. С.78.]

表11-2 1994年5月の賃金分布:対質問回答者比率(%)

本業/第2雇用 5万ルーブル以下 5〜10万ルーブル 10〜30万ルーブル 30〜50万 ルーブル 50〜100万ルーブル 100万ルーブル以上
5万ルーブル 70 7 8 3 12 0
5万〜10万ルーブル 62 18 13 5 0 1
10万〜30万ルーブル 35 25 28 10 0.62 1
30万〜50万ルーブル 29 26 29 12 4 0
50万〜100万ルーブル 0 20 20 20 39 0
注 : 1994年の貧困線は86,566ルーブル/月である。
出所 :

ВЦИОМデータより筆者作成。

表12 回答者グループの追加的雇用:%(四捨五入)

グループ

 

追加的仕事を持っている

定期的なものを含めて

平均指標

最大-最小のばらつき

平均指標

最大-最小のばらつき

全回答者

16

15-17

5

4-5

 男性

21

20-21

5

4-5

 女性

13

12-13

5

4-6

年齢別

 29歳未満

21

18-23

5

4-7

 30-49歳

19

16-21

6

5-6

 50歳以上

9

7-11

4

2-6

教育別

 高等教育

23

22-28

8

7-9

 中等教育

17

14-19

5

4-6

 中等教育以下

12

10-14

3

2-4

社会・専門的地位別

 責任者

20

15-25

7

5-10

 専門家

22

17-25

7

4-9

 ホワイト・カラー

20

14-27

7

4-10

 ブルー・カラー

18

12-22

5

4-6

経済セクター別

 国有セクター

19

17-21

6

5-9

 半国有セクター

18

15-21

5

4-6

 私的セクター

23

13-36

7

6-10

居住場所別

 モスクワ、サンクト・ペテルブルグ

23

17-29

8

7-10

 大都市

17

14-21

6

4-8

 小都市

17

15-18

4

3-5

 農村

14

10-16

4

2-5

収入別

 高い

  26

23-31

9

7-11

 普通

15

14-16

4

3-5

 低い

11

7-14

3

2-4

注 :

1995年3月、9月、12月、96年1月、3月、5月、7月にВЦИОМ調査で尋ねられた質問の公表データから構成されている。全回答者のデータは、社会・専門的地位、経済セクターに関して除外されたグループに対するものである(当然のことながら、働いている人のみが含まれている)。「指標のばらつき」の段において、該当期間の各グループにおける第2雇用の最大・最小の指標が示されている。

出所 :

ВЦИОМ調査[Клопов. Вторичная занятость. С.34.]

図2 ジョッブ・サーチ方法別失業者分布

注 : 1992-1995、1997年は、10月末。1996年は3月末。

出所 : Госкомстат. Российский статистический ежегодник. М., 1998. С.187. より筆者作成。

表13 就職方法(質問された人数に対する%)* :1995年10月

一体どのようにしてあなたは現在の職に就きましたか?

私的セクター

民営化・半民営化企業

 国家雇用局のすすめを受けた

2

6

 私的雇用代理店のサービスを利用した

2

0

 卒業のための実習後にとどまった

1

9

 親戚、知人、友人が手伝った

60

29

 広告を見て職を見つけた、競争に応じて採用された

10

9

 企業の人事課の提案を受け入れた

12

36

 その他

13

12

注 :

全て小数点切り捨て

出所:

ВЦИОМ調査[Гимпельсон В. Частный сектор в России : занятость и опрата труда // Мировая эконо- vмика и международные отношения. 1997. 2. С.88.]

図3 所得分配悪化の固定化のプロセス

表14 1人当たり所得水準別・雇用地位別の雇用者分布:%

 

貧しい

やや貧しい

十分

裕福

全体

全雇用者

37.3

31.1

21.3

10.3

100

内訳:

 国有企業の労働者と下級職員

52.2

33.3

12.8

1.7

100

 国有企業のホワイト・カラー

34.9

36.0

24.1

5.0

100

 国有企業の上級・中級経営陣

3.4

30.2

34.4

32.0

100

 私的企業の労働者と下級職員

33.0

35.3

25.0

6.7

100

 私的企業のホワイト・カラー

16.6

31.1

35.7

16.6

100

 私的企業の上級・中級経営陣

44.7

55.3

100

 企業家

12.7

35.5

51.8

100

 その他(農村企業、私人の下で働いているなど)

86.8

8.5

3.2

1.5

100

注 :

「貧しい」は、1人当たり所得が最低生存水準以下。「やや貧しい」は、1人当たり所得が最低生存水準とその水準の2倍の間。「十分」は、1人当たり所得が最低生存水準の2倍と5倍の間。「裕福」は、1人当たり所得が最低生存水準の5倍以上。

出所 :

ISEPN(住民社会経済問題研究所)による調査データ[N.Ovcharova, The Definition and Measurement of Poverty in Russia (Coventry: Univ. of Warwick, mimeo, 1997), pp.9, 27.]。この調査は、住民の貯蓄行動研究を目的として、1996年10月に、ロシア連邦中央銀行の委託によってISEPNが実施した調査である。サンプル数は8,000世帯であり、調査地域としてロシア全体を代表する13地域が選ばれている。