2010年度夏期国際シンポジウム
「ユーラシア諸国におけるアジアの自己表象」開 催される

望 月哲男


 7月7~9日に新学術領域研究「ユーラシア地域大国の比較研究」の第3回国際シンポジ ウム(2010年度スラブ研究センター夏期国際シンポジウム)が予定通り開催された。今回のシンポジウムは,この領域研究のなかで計画研究「地域大国の文 化的求心力と遠心力」を行っている文化班(第6班)を中心に組織され,この計画研究の研究代表者の望月哲男(SRC)が組織委員長を努めた。全体のテーマ は,「Orient on Orient: ユーラシア諸国におけるアジアの自己表象」とされ,中国におけるサブカルチャー,アジアの表象I、アジアの表象II、音楽における東と西、宗教とイデオロ ギー、越境する作家たち、場所の精神の7セッションが設けられた。
中国におけるサブカルチャーのセッションでは、主導的なイデオロギーの喪失、貧富の差の拡大、青年層の鬱や孤立化、社会の砂状化、マイクロメディアの発達 といった現代状況の中で、作品読解の変化(主人公中心化)、コピー、ロール・プレイ、コスプレなどの共通現象が普及し、文化の均質化が生まれていることが 分析された。
アジアの表象Iのセッションでは、映画におけるアジア的自己表象の問題を共通テーマとして、インドの二級映画におけるインド性(アジア性)の強調、ロシ ア・ソ連映画における少数民族表象とロシア表象との関係、中国現代映画における民族的ステロタイプへの挑戦などの個別事例が検討された。
アジアの表象2のセッションでは、アジアから見たオリエンタリズムの具体象の検討を目的として、ソ連後期非体制芸術にける外的オリエント(中国・日本・イ ンド)と内的オリエント(中央アジア・コーカサス・クリミア)の表象の特徴、中国のオペラ・映画・バレエにおける革命表象とアジア表象の関連、18世紀の 英国の親東洋派における「共感的・非還元主義的オリエンタリズム」の意味などが議論された。
音楽における東と西のセッションでは、インドにおける西欧音楽の受容にみる対抗的オリエンタリズム、アジア音楽の差異化の歴史における発展主義と進化主義 の対抗、19世紀ロシア音楽における民族志向とロシア版オリエンタリズムの諸特徴といった問題が議論された。
宗教とイデオロギーのセッションでは、国民統合における宗教の役割を中心関心として、現代ロシアにおけるロシア正教の多様な機能、日本や中国の近代化過程 における社会ダーヴィニズムの役割、明治期の日本仏教徒における大陸を舞台とした宣教師的情熱とパン・アジア主義などの事例が検討された。
越境する作家たちのセッションでは、在米ロシア作家、在英インド作家、在米中国作家の事例にもとづいて、グローバリズム時代の移民作家のアイデンティ ティ・イシューの二重化や商品化、帰属表示的記号の多義化、民族的アイデンティティとジェンダー表象との複雑な関係などが議論された。
場所の精神のセッションでは、アジア的な場のイメージが歴史的に構築され、利用・消費される事例として、ポスト・ソ連のカルムイクの首都エリスタにおける 伝統の再創造、アゼルバイジャンのバクー・プロムナードの20世紀の景観構築史と現代への適応の問題が議論された。またロシアのユーラシア主義におけるメ タ・エスニックな統合の場としてのユーラシアのイメージと機能について議論された。 シンポジウムを通じて、以下の認識が得られた。

 1) 地域大国における「アジア」「ユーラシア」「オリエント」意識の質的な差異と濃淡: ロシア・インド・中国は地政学的な位置とヨーロッパに対する歴史的な 関係の差に応じて、自己文化とアジア性との関係付けのあり方に差がある。またその結果、アジア・ユーラシア表象の戦略的な利用やヨーロッパへの対抗として のオリエンタリズム論の機能も異なっている。

 2) 現代文化論にとってのアジア表象の意味: マイクロメディア・複製文化・大衆社会の発達という環境の中で、ユーラシア地域大国の社会にある種の均質化現象 が見られ、文化的ステロタイプとしてのアジア表象の再生産、伝統の再創出、アジア性の商品化といったレベルで、類似現象が起こっている。

 3) 概念装置・研究の方法論の更なる検討の必要:文化のグローバル化の中で、民族・国民表象、アジア・ユーラシアの表象と、ジェンダー、階層などに関する表象 は、きわめて複雑に交じり合っている。また、地域大国に特有な文明圏的歴史意識、言語文化圏の規模の大きさという要因も、現代的なメディア環境やポストモ ダン的な複製文化のもとで、その意味を変えている。そうした状況に対応するために、更なる比較研究のための概念装置や手法を開拓する必要がある。

今回のシンポジウムには総計で21本の報告が行われた。報告者・討論者のうち外国人研究者は16人(そのうちシンポジウムのために国外から招聘した研究者 は10人)で、中国、インド、イギリス、ロシア、アメリカ、スウェーデン、ドイツからの研究者が含まれていた。複数の言語文化圏にわたる議論のための共通 語として英語を使ったため、部分的にはいくぶんコミュニケーションの難しいところもあったが、参加者全員の努力と協力で、大半のパネリストおよび聴衆に とって有益な議論が展開されたと思われる。
事務局を努めた越野剛(SRC助教)、後藤正憲(新学術特任)および多くのセンタースタッフの献身的な努力を特筆し、感謝したい。
3日間のシンポジウムに計116名が参加した。

  関連リンク:
シンポジウム プログラム




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