アムール・オホーツクコンソーシアムの設立

田 畑伸一郎



  11月7~8日に,北海道大学「サステナビリティ・ウィーク2009」の一環として,国際シンポジウム「オホーツク海の環境保全に向けた日中露の取り組み にむけて」が開催されました。このシンポジウムは,北海道大学低温科学研究所環オホーツク観測研究センターを中心に,スラブ研究センターなど,いくつかの 機関の協力によって組織されたものです注1 。オホーツクの環境保全に関する国際会議は,2006年頃から日ロ,日中などの枠組みで様々な形で開かれてきました注 2 。今回は,ロシアと中国から多くの研究者が参加して,真に3カ国の国際シンポになったことが最大の特徴でした。そして,このシンポジウムでの議論を受け て,シンポジウムの最後に出された共同声明により,将来のアムール・オホーツク地域の持続可能性をより深く議論するための国際的な科学者ネットワークとし て,「アムール・オホーツクコンソーシアム」が設立されたことが最大の収穫でした。 

  シンポジウムでは,これまでの低温科学研究所,総合地球環境学研究所などで行われた研究成果に基づき,漁業の生産性を考えると,オホーツク海が太平洋に とって心臓の役割を果たしていることが示され,さらに,そのオホーツク海にとってアムール川からの流入が極めて重要な機能を果たしていることが示されまし た。オホーツク海とアムール川の関係は「巨大魚付林」と呼ぶべきものであり,1つのシステムとして守られるべきものであることがいくつかの報告で強調され ました。

  シンポジウムでは,このような研究や調査が日ロ,中ロ,日中の間で近年著しく進展していること,とくに,冷戦が終結し,中ロの国境問題が解決したことが契 機となっていることなども示されました。上記のコンソーシアムの設立もこのような国際関係の改善に負うところが大きいと言えます。

  採択された「オホーツク海とその周辺地域の環境保全にむけた研究者による共同声明」には,コンソーシアムの会合を2年に一度開催し,意見交換を行うこと, 今回の会合を第1回の会合と位置づけ,第2回の会合を2011年に札幌で開催することが盛り込まれました。また,暫定的な事務局を低温科学研究所環オホー ツク観測センターに置き,暫定的な参加国幹事を江淵直人氏(低温科学研究所),ピョートル・バクラノフ氏(ロシア科学アカデミー極東支部太平洋地理 学研究所),笪志剛氏(黒龍江省社会科学院東北アジア研究所)とすることも盛り込まれました。環オホーツクの環境保全に関する研究の進展において歴史的な 意義を有する国際会議になったと思われます。

「オ ホーツク海とその周辺地域の環境保全にむけた研究者による共同声明」(暫定版)

  1. オホーツク海は、その大部分を自国の排他的経済水域とするロシアだけでなく、その一部を排他的経済水域 とする日本、そして直接国土を接しない中国、モンゴ ルや近隣のアジア諸国にとって重要な水産資源の供給地である。また、北半球における海氷発達の南限に位置することから、海氷に依存した独自の生態系が発達 し、暖流と寒流の影響によって生物多様性の高い海洋生態系を進化させてきた。
  2. 近年の科学的調査研究の進展により、オホーツク海や隣接する親潮域の基礎生産とそれに依存する生物多様 性が、海域だけでなく陸域との相互作用の上に立脚し て成り立っていることが明らかとなってきた。中でも、オホーツク海に流入する最大の河川であるアムール川は、毎年大量の溶存鉄をオホーツク海と親潮域に供 給し、これらの海域をきわめて基礎生産性の高い海洋にしている。この発見は、大陸規模の陸面環境と、外洋との物質的・生物学的連環が存在することを我々に 知らしめた。すなわち、オホーツク海と隣接する親潮域およびアムール川流域は、海域と陸域の境界を越えた一つの大きな生態系を形成していると言えよう。こ の独自の生態系のメカニズムを明らかにし、アムール・オホーツク生態系の自然環境の未来を考えていくことは、アムール川流域の国々やオホーツク海の縁辺国 にとって、特別の関心事項である。
  3. 近年、北東アジア地域の様々な人間活動によって、アムール川の水質が劣化し、それがオホーツク海の自然 環境に及ぼす影響が懸念されている。我々は、研究者 として、このような人間活動が将来的にオホーツク海の自然にいかなる影響を与え得るのかについて評価することに、特別の注意を払うものである。そして、こ れらの地域における生態系の研究、保全、ならびにその合理的および持続可能な利用に関する学術的知見を深めていくことが、本地域の持続可能な発展にきわめ て重要であるということに、共通の認識を持つに至った。
  4. オホーツク海、およびその自然環境を支えるアムール川流域は、中国、日本、モンゴル、ロシアの4ヶ国が 互いに隣接する地域であり、その保全のためには国を 越えた協力が重要である。これまで、国家レベルにおいては、中国、日本、モンゴル、ロシアのそれぞれの間で二国間の様々な環境協力の枠組が形成され、実施 されてきた。しかし、これらの国の間での多数国間の枠組は現在までのところ存在しない。そのため、4ヶ国の間では、研究者レベルにおいても情報共有が十分 になされておらず、何が問題であるのかについて認識を共にする機会が少なかった。そこで、我々研究者は、あくまでも国家間の取り決め、および国際法上の権 利義務の範囲内において、また各国の国内法上の義務を十分に遵守した上で、問題意識を共有する研究者として自発的に議論に参加し、オホーツク海とアムール 川流域の保全のために何が必要か、何をすべきかについて、ともに考え、定期的に情報および意見を交換し、それらの情報の共同利用の有用性や可能性について 議論しながら、協力して研究および行動していくことが必要であるという共通の認識を確認する。

以 上のことに留意し、我々は、次のことに賛同する。

  1. 各国の研究者が公開可能な情報の共有を促進すること
  2. 共同の環境モニタリングに向けて努力すること
  3. アムール川流域とオホーツク海の環境保全と持続可能な利用に向けて、国を越えた議論の活発化を促進する こと
  4. 以上の三つの目標を促進するための多国間研究者ネットワークとしての「アムール・オホーツクコンソーシ アム」の設立
    (1)「アムール・オホーツクコンソーシアム」の設立
     我々研究者は、オホーツク海とアムール川流域の自然環境について意見を交換し、議論を通じて 認識を共有していくことを目的に、科学的な知見に基づいてこ の問題について議論するためのプラットフォームとして、研究者によるネットワーク「アムール・オホーツクコンソーシアム」を設立する。このネットワーク は、非政府のネットワークであり、特定の国家および組織的基盤を持つものではない。このネットワークは、アムール・オホーツク生態系の未来のために研究者 が自由に議論することを可能にするためのものであり、問題意識を共有する研究者が自発的に参加する人的ネットワークである。
    (2)コンソーシアム会合の開催、暫定的な事務局の設置および暫定幹事について
     コンソーシアムの会合を、2年に1度開催し、意見の交換を行う。この度のシンポジウムはその 第1回目の会合と位置づける。第2回目の会合に関しては、 2011年に札幌で開催される予定である。次回会合までの暫定的な事務局を、北海道大学低温科学研究所環オホーツク観測研究センターに置くこととする。ま た、同じく暫定的な参加国幹事として、中国側研究者代表を笪志剛(黒龍江省社会科学院東北アジア研究所)、ロシア側研究者代表をピーター・バクラノフ(ロ シア科学アカデミー極東支部太平洋地理学研究所)、日本側研究者代表を江淵直人(北海道大学低温科学研究所)とする。なお、モンゴルの代表幹事は、 2010年度に協議の上決定する。次回以降の会合開催および事務局の設置、幹事等の決定については、第2回の会合において話し合うこととする。
    (3)コンソーシアムの機能および成果の発信について
     コンソーシアムは、メンバーからの協力によって集められた情報を収集・整理し、インターネッ トを通じて世界に発信する。コンソーシアムで得られた知見お よび共有された認識をアムール・オホーツク生態系の環境保全にどのように生かしていくのかについては、今後の会合において引き続き議論していくこととす る。

な お、この文書は、4ヶ国、また参加する研究者に対して特別な法的義務を発生させるものではない。それぞれの研究者が個人あるいは所属する研究機関の名の下 に自発的に賛意を表明するものである。また、この文書は、いわゆる国際協定あるいは国際約束ではない。従って、4ヶ国の国内法や法的立場および見解に影響 を与えるものではなく、またオホーツク海およびアムール川流域における環境調査および情報の収集・共有に関する中国、日本、モンゴル、ロシアの間に存在す る国際法上の権利義務に影響を与えるものではない。

2009 年11月8日
国際シンポジウム「オホーツク海の環境保全に向けた日中露の取り組みにむけて」
賛同者一同

 

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注1)このほかの 主催者は,総合地球環境学研究所,北見工業大学未利用エネルギー研究センター,国土交通省北海道開発局, 国際科学技術センター,北海道大学「持続可能な開発」国際戦略本部。共催は文部科学省。

注2)これまでに 行われた環オホーツク海国際シンポジウムは次のとおり。第1回「豊かな漁業資源を有するオホーツク海をま もる国際連携のあり方」(2006年2月27日)。第2回「氷海域を囲む周辺地域の持続可能な開発に向け て」(2007年1月23日)。第3回「北海道とロシア極東地域との経済および環境面における交流の拡大に向けて」(2008年1月30日)。特別編「北 海道とロシア極東地域の持続可能な開発に向けた環境フォーラム(北海道洞爺湖サミット記念環境総合展)(2008年6月19日)。第4回「環境と水産資源 の持続可能性:中国と北海道の研究協力に向けて」(2009年3月24日)。


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